第34話

おばちゃん達の話によると、今日は週に一度、保護者達がボランティアで校内の至る所を清掃する日なんだという。特に小難しい決まり事はなく、各々が無理のない時間帯に来て、やれる範囲内の分だけ掃除をすればいいだけらしい。俺はおばちゃん達に連れられ、グラウンドと体育館の間にある道路の小石拾いを始めた。


 面倒臭がる人もいるが、やってみれば意外と楽しいし、何より保護者同士のコミュニケーションも取れるので重宝しているのよと笑ってほうきを使うおばちゃんの話を聞きながら、俺はグラウンドや校庭で遊びまくっている子供達の様子を見つめる。ちょうど昼休みの時間らしく、今日はいい天気という事もあって、子供達のはしゃぐ声が響き渡っていた。


 俺もガキの頃はあんなふうにして遊んだなとか、今の俺をあの頃の俺が見たら何て言うかなとか思っていたら、ふと俺の足元に一個のサッカーボールが転がってきた。


 ずいぶんと使い込んでいるみたいで結構傷んでいるし、少し空気が抜けているのかボン、ボンッとマヌケっぽい弾んだ音までする。反射的に手を伸ばして受け止めたら、それとほぼ同時に小さな両足が視界の中に入ってきた。


「ありがとうございます!」


 甲高い声が頭の上から降ってきて、屈んでいた体を起こせば、目の前にいたのは二年生か三年生くらいの男の子がいた。坊主頭と言っても差し支えないくらいの刈り込んだ短髪で、黄色を中心とした子供服の上に緑色の上着を羽織って……ん? 何かどっかで見たようなコーディネートな気が……?


「あれ? お兄さんも曽我っていうの?」


 両腕を伸ばしてサッカーボールを受け取ろうとした男の子が、俺の胸元を見て小首をかしげる。ああ、そういえば、この曽我さんから借りてきたツナギ服、胸元のポケットの上に「曽我」って赤い糸で刺繍されていたっけな。俺はとっさに「あ、ああ」と答えてしまった。


「そっか。僕も曽我っていうんだ。曽我健太そがけんた、偶然だね♪」

「ああ、そうだな。はい、ボール」

「ありがとう!」


 少し柔らかいサッカーボールを渡してやると、男の子はぺこりと頭を下げてから、友達が待っているだろう方向に向かって駆け出していく。それを見ていたらしいおばちゃんの一人が、「あら、やだぁ」と憐れみを込めた声色で言ってきた。


健坊けんぼうったら、あなたの事知らないの?」

「え……」

「だってあなた、達雄さんの親戚でしょ? あの子は達雄さんのお子さんじゃない。それなのに……」


 タツさんの子供⁉ どうりで服のセンスがあれだと思った訳だ!! でも、ここで驚くような態度を見せるとまずい。とっさに「俺、あの子に存在を隠されてるんっすね、きっと……」なんて言ったら、今度はおばちゃん、口元を押さえながら「ご、ごめんなさいっ、傷口に塩を塗るような事言ってっ……」と顔を逸らしてしまった。


 他のおばちゃん達も「大丈夫よ、お兄さん」「そのうち、きっと何もかもうまくいくわ」とか言ってきて、収拾がつかなくなってきた。どうしよう、変な意味で目立っちまったと焦った時だった。

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