第31話

「……調査をお願いしたいのは、先日電話でお話した通り夫の不貞行為の確認、その一点です。これが夫の顔なので覚えて下さい」


 俺やタツさんが着ているニッカポッカから漂う油の臭いが気になるんだろう。露骨に顔をしかめながら、依頼主である園田芳江が玄関先でそう言った。その手にはご主人だという中年男のスナップ写真。どこかへ出かけた際に撮ったものみたいで、私服姿に穏やかな笑みを浮かべていた。


「はい、それではお預かりします」


 軽く頭を下げてから、タツさんがまるで表彰状を受け取るみたいに両手を差し出す。それのどこが気に入らなかったのか、園田芳江はちっと舌打ちをしてから、まるで叩き付けるかのように写真を渡してきた。


 何だよ、その態度。汚れた格好で家に入ってほしくないのは分かるけど、だからって人に頼み事をするのに玄関先でって事あるか!? 何も好き好んでこんな格好してきたんじゃないし、そもそもあんたがそうしろって言うからだろうが。きれいな顔立ちこそしていても、こうも態度が最悪だと、ご主人が浮気したくなる気持ちも同じ男として分かるっていうか……!


 ふつふつと沸き上がってくるイライラを抑えられるほど、俺はまだまだいろんな経験が足りないだろうし、誰かに対する好き嫌いってのもはっきり出しちまうタチだ。だから、この嫌な態度しか見せない園田芳江に対しても例外なんかじゃなかったんだけど、そんな俺の気配を察したのか、突然タツさんの大きな背中がすぐ目の前に立ちはだかった。


「はい、確かにお預かり致しました。調査が終わったら、お返ししますね」


 とても穏やかな声で言うタツさん。もうこの程度など慣れ切ってるって感じで、媚びへつらう訳ではなく、どっしりとした佇まいで依頼主と向かい合っている。そんな辰さんに少し怯んだのか、園田芳江はわずかに視線を逸らした。


「……別にいいわ。不倫してる夫の写真なんて持っていたくないから、捨てちゃって下さい」

「そうですか。ああ、そうだ。あの、よろしければ分かる範囲でいいので、ご主人のお相手とされる方の情報とかお持ちですか?」


 ご主人の写真を懐にしまい、それと交互するようにメモ帳を取り出すタツさん。俺も慌てて同じように支給されていたメモ帳を出した。


「探偵は、何よりも情報が命。ほんのちょっとの事でも気になったら、必ずメモするのを癖付けとく事」


 事務所を出る時に、タツさんにそう言われた事を思い出しながら、俺は園田芳江の口元を見逃すまいと見つめる。やたら色の濃いルージュが廊下の窓からの光に反射してキラキラしていた。

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