第27話

ユズリハ探偵事務所の朝の最初の仕事は、どこの会社でもあるような朝礼からだ。社員全員が顔を合わせて「おはようございます」と元気よく挨拶をして開始……らしいが、その時間になってもタツさんはまだ出社してこなかった。


「あの、タツさんは……?」


 今日子ちゃんが答えてくれなかったんだから、杠葉さんもそうなんだろうなとダメもとのつもりで尋ねてみたら、実にあっさりと杠葉さんは話してくれた。


「達雄さんなら諸事情により、特例として午前十時の出社としてあります。彼にはこれまでたくさん助けられてきましたから、こちらもそれなりの誠意を見せようと思いまして、先日導入させていただいたんです。聡くんもこの先頑張っていただいたら、何か一つ特例を考えますね?」

「え、それじゃあ……」


 と言いかけてしまい、俺は慌てて口元を抑え込んだ。


 タツさんのその特例って、昨日みたいな強請りをたくさんこなしてきたからって事だろ? 今の杠葉さんの言葉から察するに、俺もいずれはあんな事を手伝うって事に……。


「……はい! 普通の探偵の仕事・・・・・・・・、きっちり覚えて頑張ります!」


 大げさなくらい声を張り上げてそう言えば、杠葉さんは一瞬きょとんとしていたものの、何がおかしかったのかすぐにクスクスッと小さく笑った。そんな杠葉さんの笑顔を中断させたのは、淡々とした今日子ちゃんの声で。


「本日の予定をお知らせします。午前十時に昨日、子猫捜索のご依頼の電話をいただいた真壁まかべ様が来社されますので、杠葉さんと私とで改めて依頼の確認後、正式受諾の手続きに入ります。達雄さんと聡さんは午前十時十分より事務所を出発し、同三十分までにもう一件の浮気調査の依頼主である園田そのだ様のお宅まで伺って下さい。詳しい資料などはお渡ししておきますので、道中にてご確認を。お昼休憩は各自午後十二時から一時までの間に取っていただき、その後は午後五時までに各々の仕事を終了し、事務所にお戻り下さい。残業がなければ、午後五時半に終礼。以上です」


 一分近くかけてたっぷりと予定のスケジュールを読み上げた今日子ちゃんの眉はぴくりとも動かなかったし、何なら瞬きだってしていなかったような気もする。そこまで達している淡々ぶりにも驚いたが、もっと驚いた事があった。


「あの、まだ入社して二日目の俺が、いきなり浮気調査って……」


 正直言って、辞退申し上げたい。大学のキャンパス内で、ごくたまにカップルの痴話ゲンカを見かけた事はあったけど、浮気調査なんてそれの進化系っていうか、もっとドロドロしたようなもんを目の当たりにするって事だろ。いくら依頼があればその限りじゃないって言ったって、当面は内勤メインじゃなかったのかよ。


 そんな俺の心の声を完全無視するかのように、杠葉さんが言った。


「大丈夫よ、今回は実践的な模擬練習だと思って見ていてくれてれば。タツさんだっているんだし」

「いや、でも……」

「たかが浮気調査で腰を引けていては、うちの裏オプションなんてもっとやっていけないですよ?」


 ね? と微笑んでくる杠葉さんだったが、その目は笑っていなかった。あなたに拒否権はありませんと暗に言われてる感が半端なく、俺は「分かりました」としか言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る