第25話

家に帰ると、居間の方から「お帰り~」と少しおざなりな母親の声が聞こえてきた。こんな声を出すという事はと簡単に想像できた俺は、同じように「ただいま~」と返しながら居間に入る。思った通り、母親はテレビの前のソファに座っていて、大好きなサスペンスドラマの再放送を観ていた。


 母親が一番好きだと言っている大物俳優が主役のシリーズもので、もう十作品目を軽く超えているのだが、原作や脚本家のストックが切れてしまっているのか、近頃はどうもワンパターンな展開が続いている。案の定、中盤まで差しかかっていたドラマはおそらく次の被害者になるだろう三流ジャーナリストのドヤ顔を映し出していた。


『へっへっへ……。これさえありゃ、俺も一攫千金間違いなしって事よ』


 仕事場かと思われるさほど広くない一室の中、そんな下卑た事を言いながら、手のひらの中のUSBメモリを見つめているジャーナリスト。その背後から、何者かの影が忍び寄ってきて……といったところで、CMに入った。


「あん、もう! 今いいところだったのに!」


 よくありがちな事に文句を言いながら、母親は脇に置いてあった大きめのクッションを引き寄せ、両腕でぎゅうっと抱きしめる。もう何十何百と見てきたパターンだろうに、CM明け一番に出てくるものがちょっと怖くて仕方ないに違いない。俺がちょっとため息をついてみせると、その音に気付いたのか、母親がくるっとこっちに顔を向けてきた。


「聡、初出勤はどうだった?」

「えっ……」


 聞かれるだろうとは思っていたけど、実際そうなってみるとどうしても動揺が出てしまった。あの山分けされた金も、カバンの中に入れっぱなしだし。何とかその事だけは知られないようにと、俺は平静を装って返事をした。


「まあ、それなりに緊張したかな? やっぱ、普通の会社勤めとは違う事多いから戸惑うところもたくさんあったけど、慣れるまでは内勤業務に専念させてもらえるようになった」

「そう、だったらちょっと安心だわね。早く仕事に慣れて、お父さんも安心させてあげてね」


 母親がそう言った時、テレビのCMが切り替わった。それと同時に、つい一分ほど前までドヤ顔でUSBメモリを見つめていたジャーナリストが首にロープを巻き付けて倒れている姿が映し出された。


「きゃあ! やっぱりやられちゃったぁ!」


 口では怖がってるような事を言ってるが、母親の目はそんなジャーナリストの遺体の傍らで難しい顔をしている主役の警部に夢中になっている。外見も中身も豪快さが溢れ出てる人で、親父とは全然違うタイプだ。どうして母親が口やかましくて面倒くさいところの多い親父を選んだのか、いまだに謎だ。


『……ジャーナリストを気取っちゃいたが、実際はいろんな奴の弱みを握って食い物にしていたクソ野郎だったって訳か』


 ぐぐっと唇を噛みしめた後で、つぶやくようにそう言う警部。そんな彼からカメラが引いていき、再びジャーナリストの遺体が映し出される。その時、何故か俺の目にはそれが杠葉さんの遺体に見えてしまい、思わず数歩後ずさってしまった。

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