第20話

「何ですか、これ……」

「何って、お金ですよ?」

「そうじゃなくて、どうして俺にも渡そうとするんですか?」

「ユズリハ探偵事務所への就職に対するお祝い金だと解釈していただければと。あぶく銭で申し訳ありませんが、さっきの額以上に依頼主に渡す訳にもいきませんし」

「依頼主って……、今回の脅迫は誰かに頼まれてした事なんですか!?」

「はい、そうです」


 何もごまかす事も隠す事もなく、杠葉さんははっきりと肯定した。特に何か言動が豹変した訳でもないのに、俺は杠葉さんが……いや、今日子ちゃんもタツさんも、まるで別の世界からやってきた言葉の通じない異生物のように見えてきて仕方なかった。


「ごめんなさい、聡君。今日初めてここに来たあなたが、いきなり最終報告会って言っても分かりにくいだろう事を失念していました。しかし、別にあなたをだましていた訳じゃありません。就職セミナーの際に説明をしていなかっただけです」

「なっ……」

「それに、全部が全部嘘にまみれている訳でもありません。このユズリハ探偵事務所は、普段は通常通りの探偵業を全うしています。どうしても必要だとおっしゃる依頼主に対してのみ、裏オプションのご案内をしてるんです」

「裏オプションって、まさか今のが」

「はい、そうです。私達は、俗に言う強請ゆすり屋なんですよ」


 そんな杠葉さんの言葉と一緒に、俺の目の前に数十枚の一万円札とA4判大のバインダーファイルが置かれる。ファイルの表紙には、『No.57三田山耕太郎、並びに島田栄子に関する調査報告書』と書かれてあった。






 読んで下さいと何度も言われ、仕方なくそのファイルを手に取って中身を読んだ。すると、ほんのちょっと読み進めただけで島田絵美の性悪な性格って奴がよく分かる内容だった。


 夕方の帰宅ラッシュに軋む満員電車に仲間と乗り込み、気の弱そうなサラリーマンに狙いをつけて痴漢されたふりをし、示談金をだまし取るのを痴漢撲滅ごっことのたまったり。近頃よく耳にするパパ活っていうのを逆に利用して、仲間と共謀して有り金全部を奪い取ったり。それでもなお文句をつけようとする相手を、気が済むまで痛め付けたりと、もうやりたい放題だ。


 今回のターゲットだという三田山耕太郎も、そんな彼女のカモの一人だった。何でも、パチンコの途中でいきなり声をかけられ……その、美人局つつもたせ的な手に引っかかった。そして、慰謝料として大金を要求していたという話だった。


 島田絵美の方から声をかけてきた、誘惑してきたんだ。彼が何度そう説明したところで、彼女とその仲間に通じる訳もなく、慰謝料が払えないなら家族にバラすぞと脅され、ついに会社の金を盗んでそのまま渡してしまうという暴挙を犯してしまった。それに島田絵美がすっかり味を占めてしまった。


 何度も何度も、何かしら理由をつけては金をむしり取ろうとする島田絵美の容赦ない攻撃に、三田山耕太郎の心身はあっという間に疲弊していく。そんな変わっていく夫の様子に、長年連れ添っていた妻の三田山ひとみが気付いた。

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