第19話

「次に、私の報告を始めます」


 杠葉さんは、デスクの脇に置いてあった少し大きめのバッグから細長い銀色の水筒を取り出し、それから紅茶らしきものを注ぐと、ゆっくりとそれを飲み干した。そして、まるで何かから逃れ切ったかのように大きな安堵の息を吐き出してから、自分の行動の顛末を話し出した。


「本日、午前九時二十三分。私は今回のターゲット三田山耕太郎が過ちを犯すきっかけを作った者との接触に成功しました。この女性です」


 そう切り出した杠葉さんの細い右手の指が摘み上げた物は、どう見ても隠し撮りとしか思えないような一枚の写真だった。それに写っていたのは俺とそんなに年が変わらない感じだが、ちょっと化粧がきつい女だった。


島田絵美しまだえみ二十一歳。親が国内有数の資産家であるのをいい事に毎日遊び歩き、暇つぶしと称してはその遊び仲間と共に方々でチンケな悪さを繰り返しているという、なかなかいけ好かない性悪女です」

「え……」


 チ、チンケ? いけ好かない性悪女⁉ あんなに上品できれいな杠葉さんの口から、こんな俗っぽい言葉が出てくるなんて!? いい加減信じられない事が連発で起こってるっていうのに、俺の中ではその事が本日のNVPに輝くんじゃないかって思えるくらいの衝撃だった。


「どうやら本日も何かしら悪さをしてきたようで、朝帰りだというのにずいぶんとご機嫌でした。それが個人的に大変いらだってしまいましたので、開口一番、とってもきつい言葉を浴びせてしまいました。私もまだまだ未熟です」


 にこりと笑う杠葉さん。何も知らないこの間までの俺だったら、やっぱりきれいだなぁって見惚れてたんだろうけど、すぐそこのタツさんがぶるるっと全身を震わせていたものだから、とてもそんなのんきな事を思っていられなかった。


「運のない姉ちゃんだなぁ、杠葉さんの逆鱗に触れるだなんて……」


 タツさんが小さい声で言った。それを拾うかのように「杠葉さんに反抗するから、余計に痛い目を見るんです」と言う今日子ちゃん。その目は、杠葉さんの机の上の残りの百万円に注がれていた。


「思っていたより収穫あったんですね」


 今日子ちゃんが尋ねると、杠葉さんは「ええ」とまた笑った。


「島田絵美の父親は、ずいぶん親バカな男で有名です。遅くにできた一人娘だから甘やかしてるんでしょうが、以前彼女の悪さが露見しかけた時、保護と称して二ヵ月近く監禁していたという情報が役立ちました。また同じ目に遭いたいの、今度はもう一生地下室から出られないかもねって言ってやったら、この通り、もう百万円差し出してくれました」


 ですから、これは皆でボーナス山分けです。そう言いながら、杠葉さんは百万円札の帯封を指でちぎり取り、きれいに四分割しながらそれぞれのデスクに配っていく。タツさんはぱあっと分かりやすく明るい表情になり、今日子ちゃんは「恐縮です」とまた深く頭を下げる。


 そして最後に、杠葉さんが俺のデスクにやってきた。そのまま何の迷いもなく、手に残っていた最後の数十枚の札を置こうとしていたので、俺は思わず「ま、待って下さい!!」と叫んでしまっていた。

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