第18話

「……それでは、今回の仕事における最終報告会を始めます。まずはタツさんから」


 俺が生まれて初めて見る大金に呆然としている間に、杠葉さんは足早に自分のデスクに向かい、あの皮張りのリクライニングチェアーに優雅に座った。同じ灰色のレディーススーツを着ているのに、就職セミナーの安っぽい椅子に座っていた時とは全然雰囲気が違う。タツさんもそれは何となく感じてるのか、やや緊張気味な固い表情を浮かばせると、すくっと自分の椅子から立ち上がって手元にあった数枚の紙きれを持ち上げた。


「はい、では……今回のターゲットである三田山耕太郎への最終接近は本日の午前十一時半、ご覧の格好に扮した上で、パチンコ店に入店しようとしていたところを押さえました。それから同店の休憩コーナーにおきまして小一時間ほどアタックした後、清掃に入ってきた従業員に少し怪しまれましたので、致し方なくここに連れてきて最終確認にこぎつけました」

「それに関しては、私のミスです。パチンコ店の監視カメラへのハッキングに手間取ってしまい、尚且つあまりもの騒音にインカムでの指示連絡が滞ってしまいました。すみません、杠葉さん」


 タツさんに続いて、今日子ちゃんも淡々とそう述べた後で、両目を伏せたまま杠葉さんの方に向かって深く頭を下げる。すると、杠葉さんはふうっと短いため息をついた後、「大丈夫よ」と優しい声色で返した。


「今回の仕事、二手に別れましょうと最終的に決定したのは私です。その上、三田山耕太郎がまだ懲りもせずにパチンコに興じようとするのを予期できなかった。二人に責任はありません」

「だ、だけど杠葉さんっ。従業員に見られてしまったのは気になります、どうしましょう?」

「タツさん、会話も聞かれてしまいましたか?」

「いえ、それは大丈夫かと。今日子ちゃんの言う通り、かなり音が響くもんだから、だいぶ顔をくっつけるようにして話してたし」

「後でその従業員の特徴を教えて下さい。後日、私が様子を見に行きます。次、今日子ちゃん。口座に振り込みはあった?」

「はい、杠葉さん」


 今度は片手でさっき以上に素早いタッチでキーボードを操った後で、今日子ちゃんがノートパソコンの画面を杠葉さんに向ける。俺のデスクの位置からははっきりと見えなかったけど、たぶん銀行のネット口座表みたいなもんだったと思う。まじまじとそれを見つめる杠葉さんに、今日子ちゃんが言った。


「達雄さんの言葉が充分効いたようです、入金確認できました」

「OKよ。では、その入金額をこちらと一緒に三田山ひとみさんのネット口座に振り込みし直しておいて」


 と、言いながら、杠葉さんはさっきの百万円札の二束のうちの一つをすっと自分の机の上に滑らせる。それを見て、今日子ちゃんは無言でこくりと頷いた。

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