第17話
「あ、あんたら! 黙って見ていれば、さっきから何をやってんだよ!?」
「何を、とは?」
オッサンがATMの前でごそごそしている姿を見守りながら、今日子ちゃんが答える。大男も、俺に向かって「こいつ何言ってんだ?」と言いたげな視線を送ってきた。何だよこいつら、分かってないのか。今のはどう見たって……!
「犯罪だろ!!」
俺ははっきりと言うと、すぐそこでまだへたりこんでいる大男にまず目を向けた。
「最初にあんただ! あんたのやった事って立派な脅迫だ! 何をネタに脅してたのか知らないけど、金をよこせって言った時点でアウトじゃねえか!」
「はぁ……」
今度は「何、当たり前の事言ってんだ?」って顔をしてくる。何だ、このデカブツ。どんだけ頭がおめでたいんだ。
「あと……もう照れる場合じゃないから、ちゃんと呼ぶな? 今日子ちゃん!」
「はい、何ですか」
「今日子ちゃんのやってる事も犯罪だからな!? 何だよ、街じゅうの監視カメラをハッキングって……そんなのマンガだけの話じゃねえのかよ!?」
「あいにく、ハッキングは中学時代からやっています。不正アクセス禁止法違反だという事なら、すでに承知しています」
「なっ……」
「聡さんは、先ほどから何をそんなに困惑されてるんですか?」
タンッと、キーボードの一つを少し強めに指先で叩くと、やっと今日子ちゃんがこちらを振り返ってきた。
無表情でもなければ、怒りに満ちて歪んでいるといった顔でもない。かといって、逆に微笑みかけてくれているという事でもない。あまりにも普通だった。今のやり取りがまるで特に何の変哲もない日常の、ごく一部を切り取っただけのものに過ぎないとばかりに、今日子ちゃんも大男も顔つきは物静かで普通だった。
「……あれ? もしかして君が、今日からうちに入る岸間聡君って子?」
今思い出したとばかりに、大男が俺の方に指を差してくる。おい、やめろ。子供の頃に、人を指差しちゃいけませんって習わなかったのかよ!?
今日子ちゃんが「はい、そうです」と淡々に答えると、何を思ったか大男は突然立ち上がり、そのままの勢いで俺の体にがっちりとしたハグをかましてきた!
「えっ、ちょっ……」
「初めまして! 俺は
「ちなみに達雄さんは、元劇団俳優です。ターゲットの性格や状況に応じて様々な人物に化けて下さるので、杠葉さんも太鼓判を押す優秀な調査員ですよ」
ぜひ、仕事ぶりを参考にしてみて下さいという言葉で締めていたようだが、あいにくその今日子ちゃんの言葉に応える余裕はなかった。何せ、大男――いや、タツさん(後に、そう呼んでくれって言われた)のハグはものすごく窮屈で苦しかったから。よろしくとか言っておきながら、本当はあんな現場を見た俺を始末しようとしてるんじゃないかと疑い、そのせいで息が詰まりそうになった時。
「佐伯杠葉、戻りました」
あ、この声。あの就職セミナーでずっと聞いていた、心から安心するような声は。
俺は助けを求めるかのように渾身の力を振り絞って、タツさんの体の内側からの脱出に成功した。そして、今度は彼女――杠葉さんに助けを乞いたくて、自由な自分の体を使ってそっちを振り返ってみれば。
「……全く、あの女ターゲットときたら。私相手に粘ろうだなんて、怖いもの知らずなんだから……」
そう言って、ふふふっと就職セミナーで会った時と同じように笑う杠葉さん。その両手の中には分厚い百万円札の束が二つ、鎮座していた。
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