第16話
「ああ~~~、やりすぎたぁ~~~~! また『役』に入り込み過ぎちまったぁ~~~~!! どうしよう~~~~~!!」
さっきまでのダミ声はどこへやら、次に俺の耳に入ってきたのはあの大男の口から到底出ているとは思えないほど情けなくてオクターブの高い焦り声だった。
その余りある違いに文句を言おうとしていた俺の体はすっかり固まってしまい、頭を抱えて悶えている大男をぽかんと見ているしかない。一方、今日子ちゃんはすっかり慣れていると言わんばかりに大きなため息をつくと、自分のデスクに座ってその上に置かれていたノートパソコンを素早いタッチで操作し始めていた。
「どうしよう、マジでどうしよう! 杠葉さんからあんなに気を付けるようにって言われてたのに!! なあ今日子ちゃん、今のであのオッサン、絶望のあまり自らの命を……なんて最悪すぎる展開になりゃしないか!?」
「大丈夫です。彼の場合、それだけは絶対にあり得ませんから安心して下さい。
視線は一切ノートパソコンの画面から離さず、超高速タッチで何かしらのキーコードを打ち込んでいく今日子ちゃん。そうしている事十秒ちょい、最後にエンターキーを押して「完了です」と声を出した。
「半径十キロ圏内、すなわち今回のターゲット
「さ、さすが今日子ちゃん。助かったぜ。そ、それでオッサンは!?」
「ですから大丈夫です。表情はこわばったままですが、足取りは比較的しっかりしてますし。達雄さんの指示通り、このまま銀行に向かってくれると思います」
「そっか、よかったぁ……」
そう言うと、大男はその場にへなへなと座り込んで、心底安堵したかのようにうなだれた。
正直、嘘だろと思った。さっきまであんなふうに圧を強めて人を脅しまくってた180センチ越えの男が、今にも泣きだしそうに唇をぐにゃりと歪めて脅した相手の無事を喜んでる。そして今日子ちゃんも今日子ちゃんで、まるで大した事でもないとばかりにドラマか映画張りのハッキングをやってのけたとか……。
少し離れた位置からでも分かるくらい、今日子ちゃんのノートパソコンの画面はさっきから忙しなく切り変わっていく。六分割のカメラワークとなっている画面はどれもさっきのおっさんを追いかけているものばかりで……。
「ターゲット、自宅から二キロほど離れた銀行のATM前に到着しました。入金した事を見受け次第、口座を確認します」
今日子ちゃんがそう言うのが聞こえてきて、もう我慢できなくなった。俺は事務所いっぱいに広げる勢いで「ちょっと待てよ!!」と声を張り上げた。
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