第15話

「……オッサンよぉ。何も俺らだって、鬼や悪魔って訳じゃねえんだ。話に筋さえ通してくれりゃあ、何もこんな所にまであんたを連れてきたりはしないし、怒鳴り散らすような真似だってする事もねえんだよ。ムダに疲れるだけだしな。でもな、俺がこんなムダな事をしたのも、元はと言えばあんたが約束を破ったからだ。あんたが最初に誓約してくれた通りに事を進めてくれてたら、ここまで話がこじれる事もなかった。俺の言ってる事分かるか、分かるよな? 言っとくけど、今日あんたの所に行ったのが俺であった事を神様仏様に感謝しなくちゃいけねえぜ? もしこれがうちの敏腕所長だったら、こんなもんじゃまず済まなかった。間違いなく、あんたの全てを崩壊させてただろうよ。そんな事になった時の事を想像してみな。どうだ、せっかくの茶も一瞬で冷たくなっただろ?」


 は、はいっ……と無理矢理デスクから少し離れた所に置かれているソファに座らされ、今日子ちゃんの入れたお茶をちびちび飲まされていたオッサンの体がますます縮こまっていく。それだけ、このマシンガン張りに話を続けていく大男のダミ声には大きな圧があった。全然関係ないはずの俺まで竦み上がってしまいそうなほど。


「も、もう、決してこのような事は、致しません……」


 やがて、オッサンのか細い声が事務所いっぱいに広がった。


「お、お約束通り、お金は振り込みますっ……」

「そうだよ。最初からそうすりゃよかったんだ。で、いつだ?」

「い、いつとは……」

「その約束の金だよ、いつうちの口座に振り込んでくれる?」

「そ、それは……」

「今日の午後三時まで、できるか?」

「えっ⁉」


 オッサンにつられて、俺も壁にかかっている丸時計を見た。午後一時をちょっと回ったところだった。大男もそれを確認したのか、ううんと納得した声をあげた。


「充分間に合うじゃねえか。今から銀行行ってきな」

「で、でも、いきなり大金を振り込んだと知ったら、妻が何て言うか……」

「そのごまかしは自分で考えな。それとも何か、奥さんに洗いざらい全部ぶちまけても……」

「わ、分かりました。必ず!!」


 びくんっと体を震わせて、オッサンが答える。それに満足したのか、大男は急ににこにこと機嫌よく笑いながらおっさんの肩をバンバンと叩き出した。


「よぉし、いい子だオッサン! じゃあ、しっかり頼むぜ?」

「は、はい。ご迷惑を、おかけしました……」

「いいって事よ。じゃあ、よ・ろ・し・く・な!」


 最後に小さな声で、はい……と返事すると、オッサンはふらふらとソファから立ち上がり、ドアの向こうへと行こうとする。そのあまりにも弱々しい姿が心配になって、俺はつい声をかけてしまった。


「あの、大丈夫ですか」


 オッサンは一拍遅れて、俺の方をちらりと見る。そして苦笑いを浮かべながら「ずいぶん優しいんですね……」なんて言うと、そのまま事務所を出て行った。


 ばたんっ……と力なく閉じられる、事務所のドア。そのせいか、中の空気がさっきまでとは違うものに変わったような気がして、言うなら今しかないと思った。だって、今のは。どう見ても依頼や調査報告なんていったものじゃなかった。どう見たって、あれは!


「ちょっと、あんた。さっきのは……」


 俺が、そう口を開きかけた時だった。

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