第14話

「え……」


 何も理解できなかった。かろうじて想像できたのは、この事務所って実は何ヵ月も仕事がなくて、そのせいで家賃が払えなくって、ちょっといかつい感じの親の息子が取り立てに来たのかってお粗末なもの。でも現実は、そんな俺の浅すぎる想像の斜め上どころか、大気圏をも突き抜ける勢いでやってきた。


「はいはい、話の続きはこっちでやろうかオッサンよぉ!!」


 そんなダミ声と共に事務所の中に入ってきたのは、180センチはゆうに超えてるかと思われる三十代の大男だった。今時どこで売ってるんだと突っ込みたくなるようなテカテカに光る黄色のインナーに緑色のスーツを合わせ、髪を短く刈り込んでる。その上で薄い色のサングラスをかけ、あごをこれでもかと突き上げながら、右腕の脇にがっちり捕まえている誰かに鋭い眼光を浴びせていた。


「ひ、ひぃ……わ、分かりましたっ。もう約束を破りませんから、どうか許して……」

「そんな詫びで済むんなら、俺らの仕事は成り立たないんだよぉ!!」


 おいおいおい。何だよ、この展開。こいつら、帰る場所を間違えてないか? ここは探偵事務所だぞ、反社会勢力組織がたむろする場所じゃねえって!


 ヤバい、とにかく今日子ちゃんに給湯室から出ないように伝えないと。そう思い、俺が給湯室に顔を向けたとたん、


「おい、今日子ぉ! 236番案件のおっさん捕まえてきたぞ! 早く茶ぁ持って来い!!」

「はい、分かりました。今、新しいのを淹れたところです」

「言っとくが緑茶じゃねえと俺は飲まねえぞ!!」

「承知してます」


 大男の大声に何ら臆する事なく、やがて今日子ちゃんは淹れたての緑茶が入ったお椀を三つ、盆に乗せて給湯室から出てきた。


 そのまますたすたと、俺の正面――つまり向かって左側のデスクの近くに立っていた大男の元まで行き、盆の中のお椀を二つ、そのデスクの上に並べた。


「はい、どうぞ。締めはデスクではなく、あちらのソファでやって下さいね。これ以上の備品破壊は経費で落ちませんよ」

「ふん、分かってんだよぉ! おら、オッサン! 特別サービスで茶ぁ飲ませてやるぜ。まあ、これが末期まつごの茶となるか否かはあんた次第だけどなぁ!!」


 ひぃっと、再びおっさんの情けない悲鳴が飛ぶ。何がいったいどうなってるんだと半ばパニクりそうになっていたら、残りのお茶のお椀を俺のすぐ目の前に起きながら今日子ちゃんが言った。


「ちょうど良かったです。今から見学していただきますね」

「け、見学……?」

「はい。私達の業務内容のです」


 そう言って、今日子ちゃんは不敵に笑った。

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