第6話
しゅっとした灰色のレディーススーツに身を包んでいたその女の人は、俺の少ないボキャブラリーで一言表すならば、ものすごく美人だった。
シャープな輪郭を覆うように背中まで伸びている黒髪はさらさらしていて、本当に日本人かって疑ってしまうほど目鼻立ちがきれいに整っていた。小さめの唇に塗られたルージュが本当によく映えていて、姿勢よく椅子に座っている事も相まって上品さが滲み出ている。
テレビでしょっちゅう見ている人気女優にも引けを取らないくらいにきれいだったものだから、どうしようと固まってしまう俺。そんな俺に気付いたのかどうかは分からないけど、女の人はにこりと笑みを浮かべてから、ちょいちょいっと右手でこちらを手招くような仕草をして見せた。
「え……?」
最初は意味が全く飲み込めなかったけど、何度も俺を手招く仕草を繰り返す彼女に、マヌケなくらい時間をかけて納得した。そりゃ、そうだよな。今日、このホールは『合同就職説明会』という場を設けてるんだから、彼女だってそっち側の人間に決まってるだろ。
何を淡い期待なんてしてるんだか、と一瞬浮かび上がりそうになった自分の妄想に辟易しながらも、俺は何とかしゃんとした顔を作り直して、彼女のすぐ目の前までゆっくりと歩み寄っていった。
「……あのっ、今、大丈夫でしょうか?」
緊張で少し声が裏返ったような気がしないでもなかったけど、女の人はそんな事微塵も気にしていない様子で「はい」と答える。見た目に準じて、ものすごく透き通ったソプラノだった。
「当社でよければ、是非お話を聞いていって下さい。飛び入りで参加したものだから、こんな所でしか場所を設けてもらえず、まだ一人もお話を聞きに来てくれなかったんです」
「え、飛び入りですか?」
「はい。ここの主催者の方とちょっとしたツテがありまして。わがままを聞いていただけました」
そう言うと、女の人はちらっと俺より後方に視線を向ける。思わずつられてそっちを見てみれば、ホールの壇上の所で忙しく動き回っている中年のスーツ男がいた。何枚かの書類を手に難しそうな顔をしていたから、あの人が主催者なのかと思っていたら、ふと男の視線がこっちに向いた。
「どうも~、遠藤さん♪」
女の人がひどく明るい口調で壇上に向かって手を振る。その声が聞こえていたかどうかは分からない。だが、主催者の男は大げさなくらいに両肩を揺らし、口元を引きつらせてから、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「あらら、つれないんだから」
会釈もしないなんて、いい年をして礼儀知らずなおっさんだなと心の中で思っていたら、女の人のくすくす笑う声が聞こえた。
「まあ、遠藤さんには後で挨拶するとして……では、さっそく始めましょうか」
壇上に向けていた手を、今度は机を挟んだこっち側の椅子にかざしながら彼女は言った。
「初めまして、私は
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