第5話

「はい、それでは参加証を確認致しましたので中にどうぞ。本日のセミナーは個別ブースとなっておりますので、お好きな企業様からお話を窺う事ができますよ」


 ずっとにこにことした笑みを崩さないまま、受付の女の人が俺に参加証プレートが提げられたネックストラップを渡してきた。何だか参加証というより、『こいつは今だに就職決まってないダメな奴なんですよ』といった旨を暗に含んだ証明書のような気がしてたまらなかったけど、一応決まりだからと言われて、仕方なく首に提げてからホールの中に入った。


 一番大きなホールだけあって、中では二十近いブースが等間隔に並べられていた。その一つ一つに長い列ができていて、誰しもがそわそわしながら説明や面談の順番を待っている。もしかしたらうちの親父より年上かもと思えるほどの見た目のおっさんもいれば、ひどく不安げにブースに掲げられた企業名を確認している同年代の女の子もいて、何だかぞくりと背中が冷えた。


 俺も早く並ばないと。


 まずは、第一候補に決めていた会社のブースを探した。でも、今回のセミナーの参加企業の中で一番有名で大きな会社だから、考える事は皆一緒だったんだろう。いざブースを見つけてみれば、やっぱどこよりもずらりと伸びた長蛇の列が見え、その会社の社員らしい奴が整理券のようなものを配っていた。


「はい、こちらの整理券五十番目の方までが午前中の受け付けとなります。それ以降の方は午後の閉会時間いっぱいまで、できる限り受け付けますのでよろしくお願い致します」


 そんなような事を大声で言っている社員の手にある整理券。ちらりと『127』という数字が見えた。ダメだ、とてもじゃないけど閉会時間までに間に合う気がしない。話を聞く前に終わった。


 負ける試合に臨む気なんて欠片も起きず、俺はそのブースに背を向ける。本当にもう、どこでもいい。できるだけ列が少なくて、ほんのちょっとでも受かりやすそうな会社を見つけよう。


 そう思いながら、再びあたりをきょろきょろと見渡す。すると、何だかおかしな事に気がついた。


 ホールの真ん中で、きれいな等間隔に並べられている約二十の企業ブース。それらからまるではみ出てしまったかのように、一つの小ぢんまりとしたブースがホールの片隅にちょこんとあった。


 いや、ブースと呼ぶにも足りない。他の企業のように間仕切りのカーテンや組み立て式の簡易壁などが一切なく、小学校で使うような机が一つとそれを挟むようにして二つの椅子が置いてあるだけのものだ。そんな目立たない場所にそんな物が置かれたところで、普通なら誰の目にも留まる訳がない。


 なのに、どうして俺がそこに気が付いたのか。その理由は、そこに一人の女の人が座っていて、俺と目が合ったからだ。

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