第3話
詳しい事は全然話してくれないからよく知らねえんだけど、綾ヶ瀬の実家は先祖代々から続く何かしらの自営業をやっているらしい。
今は親父さんが会社勤めと兼業してやってるそうだけど、どうも綾ヶ瀬はその家業って奴を継ぐのが嫌で、実家から結構離れたこの大学への進学を決めたらしい。就職も、実家の家業とは全く無縁のものを選んで応募してるが、結果は俺とほぼ同じだ。さっき届いてたお祈りメールだって、何通目になるんだろう?
贅沢な奴だなと思う。
何の仕事をしてるのかは知らないけど、先祖代々受け継がれてきた仕事だって言うんなら、もうある程度需要もはっきりしていて、少なくとも食うには困らないんじゃないのか? このご時世、もはや選り好みした方が負けなような気もするし。もう腹をくくって、跡を継いじまえばいいのに。
そう思ってた俺の目の前で、綾ヶ瀬のスマホがぶるぶると震える。ん? おお? ついに、ついに来たか!?
ばっと上半身を起こして、両手のこぶしをぎゅっと握り込む。そうやって祝ってやる準備をしていたんだけど、数秒後、スマホの画面から顔を上げた綾ヶ瀬は泣き出す寸前の子供みたいな顔になっていた。
「記念すべき、百通目のメール来たわ……」
「そ、そうか。おそろいだな」
「全くもって不本意だけどな」
「俺もだよ」
俺がそう言った直後、また綾ヶ瀬のスマホが震えた。それが誰かからの着信だと気付いた綾ヶ瀬は「ちょっとごめん」とつぶやくように言いながら、教室を出て行く。俺は一人残された机に、再び突っ伏した。
窓の向こうから鳴き続けているセミが、本当にうるさい。あんまりにもうるさいから、明後日の就活セミナーもうまくいかないかもしれないなと俺は勝手な未来予知を決め込む。
本当、職種は何でもいい。
大した取り柄はないけど、ずっとテニスで鍛えていたから体力だけには自信がある。テレビドラマでしか観た事のない厳しい先輩とか嫌味しか言わないようなお局OLにだって、全然負ける気がしない。
だから、とりあえず雇え。採用しろ。話はそれからだ。
履歴書一枚と、一部の知識量と、ほんの二十分足らずの面接時間で俺の全てを分かった気になるな。いいから、さっさと俺を雇ってみろ。
そんな事ばかりをグチグチ頭の中で喚いていたら、電話を終えて教室に戻ってきた綾ヶ瀬と目が合った。「どうした?」と尋ねてみたら、「親から。就職決まらなかったんなら、うちの仕事継げってさ」とか言うので、俺はますます綾ヶ瀬がうらやましくなった。
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