第一章

第2話

岸間きしまさとる


 この度は、弊社の採用選考をお受け頂き、まことにありがとうございました。先日の面接内容や応募書類を精査した結果、弊社では岸間様が活躍できる場所をご用意する事ができないという結論に至りました。

 せっかくご足労して頂いたのにも関わらず、申し訳ございません。まことに心苦しいのですが、なにとぞご了承いただけるようにお願い致します。

 末筆ではありますが、岸間様の、より一層のご活躍をお祈り申し上げます』




 今日は、とてもいい天気だ。目覚まし時計代わりのセミどもがミンミンうるさい中、真夏の時期に差しかかり出した青空にはぷっくりと膨らんだ入道雲が大きく広がっていて、それを大学の教室の窓から見上げていると、何の根拠もないのに「今日こそはきっと……!」なんて気分になる。


 そんなささやかな気分は、朝一番にスマホへと届けられたメールが木っ端微塵に吹き飛ばしてくれた。通算百通目の記念すべきお祈りメールだ。


 ようやく書類審査や筆記試験を経て、最終面談にまでこぎつけたっていうのに。持ち上げるだけ持ち上げ、「いいですね。あなたのような人は、我が社にとって貴重な人材になるでしょう」とまで言ったくせに。あの時の俺の胸の高鳴りを返せ、こんちくしょう。


 はあっと大きなため息をつきながら、二コマ目の授業が終わった教室の椅子にだらしなく座る。そんな俺の隣の席では、もしかしたら俺以上にへこんでるかもしれない奴が、かなりイライラとしながら自分の頭をガシガシと掻き回していた。


「……ああ、もうムカつくぅ!」

「やめろって。俺はさっき、記念すべき百通目のお祈りメールが届いたところなんだからよ……」


 こいつの名前は、綾ヶ瀬あやがせ。大学入学して少しした頃に知り合った。たまたま受ける講義がほとんど一緒で、ついこの間まで所属していたテニスサークルでも一緒に汗を流した仲だ。二人一緒に就職活動を始めたんだが、ここ最近はお互い顔を突き合わせるたびに暗い話題しか出てこなかった。何も考えずにサークルやってた頃が、ものすごく昔の事みたいだ。


「ああ、就活やめてテニスやりてえ~!」

「就活生は問答無用で追い出すっていう、うちのサークルの伝統忘れたのかよ?」


 机に突っ伏して愚痴る俺に、綾ヶ瀬が力のない声で言う。もうすぐ夏休みだっていうのに、そろそろ内定がもらえていないとマジでヤバい。あと一ヵ月か二ヵ月で就職浪人が決まってしまう。そんな事になってみろ、短気しか特徴のないうちの親父に殺される。こんな地味なFラン大学に通ってるんだから、株式上々の大手一流企業に絶対受かれとかムチャぶり言うなっての。


「……もうお祈りメール見飽きたし、どこでもいいから雇ってくれってんだよ」


 そう言って、綾ヶ瀬も俺と同じように机に突っ伏す。ずいぶん聞き捨てならない事を言うもんだと、ちょっとだけイラつきながら、俺は「綾ヶ瀬はまだいいじゃねえか、希望が残ってるんだし」とそっちを振り返りながら言ってやった。

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