プロローグ

第1話

小学二年の頃だったっけか。生まれて初めて、まともに二時間もののサスペンスドラマを観た。


 内容はものすごく月並みで陳腐だったのを覚えてる。目の前で家族を皆殺しにされた男が、まず整形手術で顔を変え、その次は早世した天涯孤独の友人の戸籍を乗っ取った。そして数年後、仇の一族の家に潜り込んで一人ずつ殺していくって奴。おまけにラストは断崖絶壁へと追いつめられ、主役の刑事の熱い説得に改心。そのままおとなしく逮捕されるというお決まりのパターンだった。


「いいドラマだったわねえ、犯人も可哀想だったし」


 主役の刑事を演じていたシブ顔の俳優の大ファンだった母親が、ちょっと感極まったかのような声でそう言っていたが、俺の感想はだいぶ違っていた。本当に可哀想なのは、三番目に殺されたルポライターだろって思ってたんだ。


 仇の一族の密着取材に訪れていたそのルポライターは、男が一人目を殺した後、その現場から立ち去ったところを偶然見てしまい、さらに二人目が殺されたと知るや、男が犯人で間違いないと確証を得て、金を要求してきた。


「警察にしゃべってほしくなきゃ、口止め料としてまずは百万用意しな」


 下卑た笑みを浮かべながら、テンプレなセリフで男を脅していたルポライターは、このわずか十五分後に死体となった。だから、可哀想だと思ったんだ。


 だって、そうだろ? そいつが脅していたのは、その時点で二人を手にかけている上に、あと何人か殺す予定を企てている凶悪な殺人犯なんだぞ。そんな危険な相手に、どうして気軽に近付いて「俺、見ちゃったんだよね」なんて声をかけ、金をせしめようなんて思えるのか。どうして、自分だけは殺されはしないなんて根拠のない自信が持てるのか。


 しかも、脅す場所も金を受け取る為に指定した場所も、誰も足を踏み入れないような路地裏か山奥で。そんな所で殺人犯と二人っきりになるなんて、バカにも程がある。「誰もいないし、絶好のチャンスですよ。秘密を知ってる俺をどうぞ殺して下さい、お願いします」と言ってるようなもんだ。


 そんな状況を自ら作り上げ、そしてお約束通り殺されてしまったルポライターは、いろんな意味で本当に可哀想だった。






 それからも、母親の影響で何度かサスペンスドラマを観てきたが、やはり犯人を脅す役目を持った誰かは、ほぼ100%の確率で殺されていった。


 その頃には、そういう連中には強請ゆすり屋という呼称が付くのだと何となく知ったけど、少なくとも一人か二人の命を奪っている殺人犯を脅すほどの度胸があるのなら、もっとまともな方向に活かせれば、少なくとも生きていられただろうに。そんな事も分からないくらい、こいつらは正真正銘の大バカ野郎なんだと思ってた。


 大学四年の夏、杠葉ゆずりはさんに出会うまでは――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る