第112話
僕達は肩を並べて防波堤を歩き、砂浜に下りた。海水浴のシーズンにふさわしく、周囲は水着姿の人々でごった返しとなっている。その様を見て、美穂が「ここ?」と問いかけてきたので、僕はこくりと頷いた。
「子供の頃、よく家族でここに来てたんだ。小学校以来だから、もう二十年近く来てなかったかも」
「本当に、こんな人混みの中でするの?」
美穂が不安げに尋ねる。僕は首を横に振った。
「ちょっと歩けば、誰もいない穴場があるんだよ」
僕は美穂の手を握って、西側へと歩き出す。あっという間に手のひらが汗で滲んできたが、僕達は強く握り合ったまま、決して手を離そうとしなかった。
十五分ほど歩いただろうか。砂浜の景色が少し変わり、ごつごつとした大小の岩が足元に目立ち始めてきた。ヒールの高いサンダルを履いてきた美穂には少し歩きにくいらしく、たどたどしい足取りで僕の後をついてくる。彼女の手を握る僕の手に、ますます力がこもった。
やがて僕達の目の前に大きな浅瀬が見えてきた。その中心には大人が三人立ってもまだ余裕があるほどの大きな岩があり、小さく寄せては繰り返す波を受けて、ぐっしょりと濡れている。僕はそこで足を止めた。
「この辺で、よく兄貴と遊んだんだ」
美穂の手を離し、僕は靴を脱ぐ。裸足になって、ズボンの裾を膝まで捲り上げた。
「親によく怒られたよ。あの岩より向こうは結構深くなっててさ。ちょっと波に揺られただけで、すぐに外海にさらわれるんだ。でも、そのスリルがおもしろくてたまらなかったんだ」
僕は浅瀬へと足を踏み入れた。一瞬だけだが、海水の冷たさが全身を駆け巡る。美穂も反射的に波打ち際まで追いかけてきたが、サンダルに海水がかかったとたん「きゃっ!」と小さく叫んで、素早く後ずさった。
「孝之、まさかそこでやるつもり⁉」
美穂が口元に手を当て、大声で言った。僕は「ああ」と頷くと、浅瀬の中央の大岩まで一直線に進んだ。
大岩に辿り着いて手を付くと、コケや小さな貝などがびっしりとこびり付いていて、少々滑った。登って立つのはちょっと無理だなと判断した僕は、両腕だけの力で自分の体を持ち上げ、大岩の上にゆっくりと腰かける。すると気持ちのいい潮風が頬を撫で始め、懐かしい潮の香りが鼻をくすぐった。
「孝之」
美穂が僕の名を呼んだ。
「本当に流しちゃうの⁉」
「ああ、流すよ」
振り返ってみれば、美穂は複雑そうな表情をこっちに向けていた。
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