終章

第110話






「あっ、緒形先生~!」


 八月も半ばに差しかかった頃、僕は駅のホームで自分が受け持つクラスの女子生徒数人とばったり出くわした。何がそんなに嬉しいのか、彼女達は僕の姿を見るなり、きゃあきゃあと短い悲鳴をあげながら駆け寄ってくる。


「お前達。俺が出した夏休みの課題、ちゃんとやってるか?」


 僕が尋ねてみれば、案の定、彼女達は「ヤッバ~イ」などと言いながら、お互いに苦笑いを浮かべた顔を見合わせた。


「どうしてもやらなきゃダメ~?」

「せっかくの夏休みなのに、課題なんてだるいってば~」

「ダメダメ。ちゃんとやってこないと、内申点やらないからな?」


 人差し指を突き立てて横に振ってやると、「ケチ~」などとブーイングが飛んでくる。全く、かわいいものだ。


「……緒形先生、どこか行くの?」


 そんな女子生徒の一人が、先ほどからずっと時刻表のダイヤを見ている僕に気が付いて言った。


「そっちって、先生んとは反対方向じゃない? つーか、それに乗ったら海に出ちゃうじゃん」

「そうだな」


 僕ははっきりと答えた。


「これから、その海まで出かけるんだよ」

「ええ、マジ~⁉」


 改札口にいた駅員が迷惑そうにこちらをチラチラ見ているのが視界の端に留まるが、彼女たちはお構いなしと言わんばかりにさらに騒いだ。


「先生みたいに超が百個付くくらいの真面目人間でも、海で遊ぶとかするんだ~⁉」

「ねえ、誰と誰と⁉ まさかとは思うけど、彼女とか⁉」

「……親友とだよ」


 僕が笑いながらそう答えると、彼女達は「嘘だ~」とけらけら笑う。嘘なんかじゃない、本当に唯一無二の親友と待ち合わせていた。


 やがて目的地に向かう電車がやってきて、僕はそれに乗り込んだ。僕のかわいい生徒達は電車のドアが閉じ、やがてゆっくりと動き出していくまで、ずっと大きく手を振り続けてくれた。

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