第109話






 告別式の際、僕は机の引き出しの中に入れっぱなしだった由佳子さんの写真を持ってきて、棺桶の中でまだ眠っている兄貴の顔の横に置いてやった。今度は参列してくれていた美穂がそれに気付いて「いいの……?」と言ってきたが、僕はそれに何も答えなかった。


 しばらくして、兄貴と由佳子さんの写真は一筋の煙となって空高く昇っていった。僕がその煙の行方を火葬場のロビーの窓からぼんやりと見ていると、その隣に美穂がやってきた。まぶしいと思えるほどの金髪を黒く染め直し、化粧もこの場にふさわしいものに変えてくれている。


「……おふくろの手伝いとか話し相手とか、いろいろありがとな」


 僕が空を見上げたままでそう言うと、美穂が首を横に振る気配を感じた。


「ううん。孝之もいろいろお疲れ様」

「そんなふうに言ってもらえるような事、何もしてないけどな」

「……」

「……」

「……覚えていようよ、孝之」

「え?」

「私、あの二人の事を絶対忘れない。あんなにお互いの事を思い合ってた二人の事、私達でずっとずっと覚えていようよ。ねえ、孝之……」


 そう言うと、美穂はそっと片手を伸ばしてきて、僕の手を取る。それはカタカタと細かく震えていて、これまでの事を噛みしめているかのようだった。


 美穂がそんな事をしてくるもんだから、僕の目から涙が出てくる。どうしてくれるんだと思いながら顔を向けてみれば、美穂も全く同じ状態だった。


 僕はまた返事をしなかったが、その代わりとばかりに美穂の手をぎゅっと握り返した。

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