第108話
今の兄貴は自らの力ではなく、機械によってただ生かされている。佐伯先生の言う通り、いつ呼吸が止まっても不思議じゃない状態だ。
「兄貴、起きろよ……」
意識のない兄貴に、僕は話しかけた。このままでは、兄貴は由佳子さんの事を知らずに、僕の目の前からいなくなってしまう。そんなの、冗談じゃなかった。
僕は兄貴の肩を掴んだ。指と手のひらに、ごつごつとした骨の感触が当たる。僕は兄貴の体を強く揺すると、一瞬、肩のあたりがぴくりと動いたような気がしたが、すぐにその気配は消え失せた。
「おい。こんな痩せぎすの体じゃ、由佳子さんに叱られるぞ? いつまで寝てるのよ、とか何とか言われてさ……!」
僕は、何度も兄貴に声をかけ続けた。
「兄貴、俺の事が好きなんだろ……? だったら、俺の頼みを聞いてくれよ……!」
僕は寝ている兄貴の上半身をゆっくりと起こし、そのまま僕に寄りかからせるようにして抱き締めた。完全に力が抜けているのに、兄貴の体は痩せ細っているにも関わらず、まるで鉛のように重かった。
「起きてくれよ、兄貴。もう一度、たかちゃんって呼んでくれよ……!」
僕は、兄貴の肩に顔を押し付けて泣いた。子供のようにしゃくり上げ、鼻水を垂らし、声をあげて泣いた。
「俺もだぞ、兄貴。俺も兄貴の事が好きだぞ。兄貴がずっと俺の兄貴でいてくれるように、俺もずっと兄貴の弟だ。ずっとずっと、兄貴の弟だから……!」
僕は夢の中で言えなかった言葉を、今頃になってようやく言う事ができた。それなのに、目の前にいる兄貴はやっぱり何も言ってくれなかった。
この二日後だった、兄貴がひっそりと息を引き取ったのは。痛みも苦しみもなく、月並みな言い方だが、本当に眠るようにして逝った最期だった。
死に目に間に合わなかった美穂だったが、病室に駆け付けるなり、ベッドに横たわる兄貴の体にすがり付くようにして泣いてくれた。両親も声を殺して泣き続ける中、僕の視界の中心にあった兄貴の顔は、何だか少し微笑んでいるように見えた。
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