第106話

二日後、由佳子さんの告別式が執り行われた。僕はどうしても足を運ぶ事ができず、両親に頼み込んで参列してもらった。美穂にも告別式の事はLINEで知らせたが、やはり返信はなかった。


 告別式から戻ってきた両親――特に母は涙が止まらない様子だった。そんな中でも、母は「受け取りなさい……」とバッグから白い包みを取り出し、そっと差し出してくる。僕は首をかしげた。


「これは?」

「遺髪だそうよ」


 母が言った。


「少しだけど、向こうのご両親が康介にって……。目を覚ましたら、孝之から渡してあげて」

「分かった」


 あんなにきれいで美しく揺れていた由佳子さんの髪が、こんなにも軽くなってしまうだなんて。僕は手の中の包みをぎゅうっと強く握りしめながら、一瞬でも早く兄貴の目が覚める事を祈った。


 それなのに、兄貴は目を覚まさない。次の日も、またその次の日もだ。父は不安の色を隠し切れず、母もその異常さに取り乱し始める。包みも、ずっと僕が持ったままだった。


 そして、梅雨前線がほぼ全国を縦断しており、激しい大粒の雨が一日中降り続けていたあの日の午後。朝から兄貴を見舞っていた僕達家族は担当医から呼び出され、十畳ほどの広さがある薄暗い部屋で酷な話を聞かされる事になる――。







 専門的な治療に最適だからと、やがて兄貴は佐伯先生が勤務している療養施設へ転院となった。始めは「奇跡の人」などと言われてもてはやされていたけど、どこからか過去の事が漏れたようで、再び炎上騒ぎとなった。


 SNSでは『ざまあみろ』『暴力教師に天罰が下った』『周りに不幸をまき散らすな』などの中傷コメントが溢れていたし、同じバスに乗っていた客の遺族からも逆恨みに近い罵詈雑言が連なった手紙が毎週のように届いた。申し訳なさそうに宅配しに来てくれた郵便局員の「大丈夫ですか……?」のひと言に、何度頭を下げたか分からない。


 大学でも、当然のように噂は広がっていた。敷地内のどこを歩いても好奇の目で見られ、兄貴の陰口がささやかれた。その度に、どす黒い暗闇が僕の心に少しずつ広がっていく。兄貴が悪いんじゃない、由佳子さんが悪いんじゃない。美穂が悪いんじゃない。全部、僕のせいだと叫びだしたかった。


 僕は大学に半年間の休学届を提出した。いつ目覚めるかは分からないけど、兄貴の為に由佳子さんの代わりになると決めたから――。

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