第103話
そのニュースはたった半日で全国を駆け回り、号外の一面を飾る結果となった。
最終的に死者三十一名、重傷者一名を出した転落事故現場は、遺体を回収する数十名のレスキュー隊員と全く原形を留めていないバスの残骸だけが残されていた。
強い雨が降り続けていた為、滑りやすくなっていた高速道路にタイヤを取られ、ハンドル操作が不能となった事が事故の原因だろうとテレビの中の専門家達が口々に言う。高速道路の壁を突き破り、数十メートル下の崖底に落ちていく過程を、彼らは簡単な造りの模型を指差しながら説明していた。
だが、僕達家族にとって、事故の原因なんかはどうでもよかった。ただ、兄貴と由佳子さんが助かりますようにと祈り続けた。
生きて救出されたのは、兄貴と由佳子さんだけだったと二人を病院まで運んできた救急隊員が言っていた。その人から聞いた話によると、現場はまさに地獄絵図だったという。
数十メートルもの落下による重力の急激な変化と、いびつな岩肌に叩き付けられた事による衝撃で、乗客の大半と運転手、そして添乗員の死因は圧死とされた。落下していくバスの中で人間同士の体がぶつかったり重なり合ったりした事で、まともな形をした遺体は一つもなかったそうだ。
転がるように落ちていったバスは天井部分がひしゃげ、側面部分にいくつもの大穴が開いた。爆発や炎上こそしなかったものの、雨が降り続けていたにも関わらず、現場周辺は新しい血とバスから漏れたガソリンの混ざり合った臭いが立ちこめた。生存者の救出作業から、遺体の搬送作業へと行動を切り替えたレスキュー隊員が兄貴と由佳子さんを見つけたのは、そんなひどい事故から丸一日経っての事だった。
座席と窓枠に押し潰されるように挟まれていた兄貴と、そんな兄貴の左腕一本だけで体を支えられていた血だらけの由佳子さんは、すぐに病院へと搬送された。連絡を受けて僕と両親がその病院に辿り着いた時、兄貴は治療を終えてベッドに横たわっていた。
右腕の骨折。両足の骨にヒビが入り、腰も強く打っていたそうだが、奇跡的に一命は取り留めたと担当した医者が言っていた。母は安心してその場で泣き崩れ、父も力が抜けたようにへたり込んだ。だが。
「……由佳子さんは?」
僕は、医者に尋ねた。
「兄貴と一緒に、女性も運ばれてきましたよね? 彼女はどうなんですか⁉」
「その方は……」
医者が言葉を濁す。嫌な予感が僕の胸をよぎった。
「教えて下さい。彼女は兄貴の婚約者なんです! 彼女はどうなんですか、助かるんですよね⁉」
「……今は、集中治療室に入っています」
医者が答えた。
「大変危険な状態が続いています。もし、会わせたい方がいらっしゃいましたら、今のうちに……」
医者はそれ以上、何も言わなかった。僕もそれ以上、何も聞く事ができなかった。
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