第六章
第101話
「日帰り旅行?」
兄貴と話をした翌日。僕はインターネットで格安の日帰り旅行プランを見つけて、すぐさま申し込んだ。
プリントアウトしたチケットを持って兄貴の部屋に行き、それを半ば押し付けるように手渡す。兄貴はチケットの表と裏を交互に見てから、すっとんきょうな声をあげた。
「これ、明日のチケットじゃないか。急すぎるだろ」
「大丈夫だよ。金ならとっくに振り込んだし、後はバスのターミナルでそのチケットを添乗員に渡すだけ。由佳子さんと行ってこいよ」
僕がチケットを指差しながら笑うと、兄貴はあきれたように顔をしかめた。
「どういうつもりだ? 何か企んでるとか?」
「そんなんじゃないって」
僕は慌てて首を振った。
「純粋に、兄貴と由佳子さんに楽しんできてもらいたいだけだよ。婚前旅行って奴さ」
「婚前旅行?」
「兄貴達、明後日の夜には行っちまうんだろ? 向こうで働きだしたら、しばらく旅行なんかできないじゃん。最後の一日くらい、二人だけで楽しんできなって」
「だったら、余計に困る。これ以上、互いに貸し借り作る必要ないだろ」
兄貴は、持っていたチケットを僕に押し返した。
「これはお前が美穂ちゃんと行ってこい。せっかく仲直りするチャンスじゃないか、俺なんかの為にムダ遣いするな」
「ムダ遣いなんて言うなよ、こういうのは兄貴の方が先だろ」
兄貴から押し返されたチケットを、僕は再び押し戻す。
「兄貴と由佳子さんは三年も離れ離れだったんだ。一日だけじゃ足りないかもしれないけど、まずはその穴を埋めてこいよ。遠慮すんなって」
「でもな、孝之」
「美穂の事は、これから何とかする。まずは兄貴から楽しんできてくれよ。由佳子さんには、俺の方から言っておくから」
「お、おい!」
遠慮しようとする兄貴を置いて、僕はさっさと部屋を出る。兄貴に言った言葉に嘘はない。安易なやり方ではあったが、二人が楽しんでこられるならと僕は信じて疑わなかった。
由佳子さんは、その日の夕食前に家に戻ってきた。まだ両親と和解できないのか、いつものように玄関先で溜め息をついている。そんな彼女に旅行の件を切り出すと、その表情が少し緩んだ。
「でも、いいの?」
由佳子さんが言った。
「いくら安いといっても、代金を出してもらってるし。コウちゃんだって、その事を気にしてるんじゃない?」
「別にいいって」
僕は首を横に振った。
「たった一日だけど、二人で楽しんできてくれよ。こんな事くらいしかできないけどさ」
「孝之君……」
「明後日になったら、嫌でも二人は行っちゃうんだ。だからさ、その前に楽しんできてよ」
僕はできるだけ明るく言った。すると由佳子さんもにこりと笑って、「ありがとう」と言ってくれた。
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