第99話

「出所しても、ここには二度と戻らないつもりだった。皆に迷惑かけたくなかったから」


 兄貴が続けた。


「でも、由佳子はまだ俺を信じて、愛してくれた。毎週欠かさずはがきを送っては、俺を待っていると言ってくれた。最初はつらかったけど、いつの間にか励みになってて。親父やおふくろに由佳子、何よりお前にもう一度会いたいと思った」

「うん、分かってる」

「孝之、すまない!」


 兄貴は床に手を付き、頭を下げながら懇願するように叫んだ。


「お前がどんなに想っていても、由佳子だけは渡せない! いろいろ苦労させるだろうけど、ずっと側にいてほしい人なんだ! その為なら、お前にどんなに憎まれてもいい……!」

「分かってるよ」


 僕は兄貴の両肩を掴んで、顔を上げさせる。僕と兄貴の顔が、とても近い位置で向かい合った。


「俺の事はもう気にするなよ。由佳子さんと二人、新しい町でやり直してくれよ。今度こそ」

「お前はどうするつもりだ?」


 兄貴が僕を心配そうに見つめた。


「美穂ちゃんの事、これからどうする気だ?」

「もちろん、償うよ。あいつが許してくれるとは思えないけど、どんな形で償っていくかはこれから考える」

「ああ、俺も手伝うよ」


 兄貴がゆっくりと微笑む。何だか、久しぶりに見たような気がした。


「孝之」

 

 兄貴が言った。


「これから先、何が起こっても、俺はずっとお前の兄貴だからな」

「え?」

「これからもずっとだ。俺はずっと、お前の兄貴だから……」


 僕は兄貴を振り返る。言ってて恥ずかしくなったのか、兄貴の耳たぶは真っ赤になっていた。でもそれをからかう気には到底なれなくて、僕は「そんなの当たり前だろ」とだけ返した。

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