第97話
兄貴や由佳子さんを交えたその日の夕食は、僕や両親にとって久しぶりに楽しいものとなった。
兄貴は鶏の唐揚げに笑みを浮かべ、「うまい、うまい!」といくつも口の中に頬張る。そんな兄貴の隣で、由佳子さんは静かに微笑んでいた。
「由佳子さん、ありがとう」
そんな中、ふと父が持っていた箸を置いて、由佳子さんに深々と頭を下げた。その後に続いて、母も頭を下げる。
「これまでずっと康介を待っていてくれて。それがどれだけ、こいつの心の支えになっていた事か……」
「あなたが私達の不甲斐ない面を助けてくれたおかげです。本当に、ありがとう」
「そ、そんな事はないです。頭を上げて下さい、お二人とも……!」
「やめてくれ、頭を下げなきゃいけないのは俺の方だ。皆に迷惑をかけたんだから」
兄貴と由佳子さんが、慌てて父に言った。
「二人とも、慰謝料なんかで相当負担がかかってたんだろ? 俺、これから一生懸命働いて、少しずつでも絶対に返すから。それと、孝之も……」
兄貴が僕を見る。一瞬、緊張で体が強張ってしまった。
「な、何だよ?」
「俺の事で、大学で何か言われてないか? ひどい事をされたりしなかったか? だとしたら、謝るよ」
「そんなの気にすんなって」
僕は首を横に振った。
「確かに暇な奴らがちょっと言ってきたけど、もういいじゃないか。これからだろ、兄貴の人生は」
「そうよ、コウちゃん」
由佳子さんが、そっと兄貴に寄り添う。その顔は、美しくて優しい母性に満ち溢れていた。
「大丈夫だよ、コウちゃんなら」
由佳子さんの言葉に、兄貴は安心したように笑う。僕もほっと安心した。愛し合い、信頼し合う二人の姿を見ても、三年前の時のような醜い感情が僕の中で微塵も現れる事はなかった。
兄貴と由佳子さんは、うちに一週間ほど滞在する事になった。由佳子さんは有休を使って学校を休んでいるらしく、最初の二、三日は我が家と自分の実家を往復していたが、どうもまだ親との仲直りがうまくいかないようで、帰ってくるたびに玄関で小さな溜め息をついていた。
一方、兄貴はほとんど外出せず、自分の部屋の窓から見える風景をじっと静かに見つめ続けていた。
由佳子さんの話では、出所後の働き口はもう決まっていて、彼女の勤める学校に程近い小さな鉄工所で世話になるという。それを聞いた両親は「せっかく出所できたのに、どうして一緒に暮らさないのか」と問い詰めた。兄貴は何も答えなかったそうだが、きっと前科者の自分がこの家に戻ったら、僕達家族にまた迷惑がかかると思ったに違いない。
一緒に暮らしたいとせがむ両親を宥め、僕は窓の縁にぼんやりと座る兄貴の背中を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます