第84話
どこかに寄り道する気にもなれずにまっすぐ家へ戻ると、見覚えのある車が停まっていた。運転免許を取ったと同時に購入した、兄貴の車だ。
あれがあるという事は、兄貴が来ている――。霞みかかった思考の中でそう思いながら玄関をくぐると、母が僕を出迎えた。
「康介が来てるわ。部屋で待ってるみたいよ」
母の言葉に頷き、僕はのろのろと部屋に向かった。
部屋のドアを開けると、兄貴は僕のベッドに座っていた。その顔は怒気に満ちていて、僕を見るや、突然立ち上がって鋭いこぶしを叩きつけてきた。
無防備に顔を殴られた僕は壁まで吹っ飛ばされ、そのままずるずると腰が落ちていく。だが兄貴はそれすら許さず、僕の襟元を掴んで無理矢理立たせると、今度はベッドの上まで吹っ飛ばすように殴ってきた。
「……何すんだよ‼」
どうやら口の中を切ってしまったようで、血の味が僕の舌いっぱいに広がる。そんな僕を、兄貴は軽蔑の眼差しでにらみつけてきた。
「何するだと? それはこっちのセリフだ。お前、美穂ちゃんに何をした?」
そういう兄貴の声色は、怒りに満ちていた。
「家に来る途中、近所の人から聞いた。お前、事故が起きるちょっと前に美穂ちゃんと揉めてたそうだな。子供がどうのこうのと……!」
僕は息を飲む。兄貴に、知られてしまった……。
「まさかお前、美穂ちゃんに」
「そうだよ」
見下ろしてくる兄貴に向かって、僕は答えた。
「美穂との間に子供ができてたんだ。でも、俺は生んでもらいたくなくて、あきらめろって言った。それで揉めてるうちに事故ったんだ。子供はいなくなったし、事故の後遺症で美穂はもう妊娠無理だってさ‼」
僕のヤケ気味な口調に、兄貴はさらに怒気を高める。再び両手で僕の襟元を掴み上げ、顔をギリギリまで近付けてから怒鳴った。
「ふざけるな! そんな無責任な言葉を言ったばかりか、二度と子供が作れない体にしただと⁉ お前、それでも男か⁉」
「……うるさいな。美穂の事は兄貴に関係ないだろ!」
「関係ない事あるか! 俺が言わずに誰が言うんだ⁉ 美穂ちゃんは中学からの付き合いだろ。お前は一番身近にいてくれた女の子に、最も残酷な仕打ちをしたんだぞ⁉」
「そんな事は、言われなくても分かってんだよ!」
「分かってねえよ、このバカ野郎‼」
また兄貴が僕を殴った。衝撃で脳が揺さぶられ、視界がぐらぐらと回る。僕は踏ん張る事すらできず、床に尻もちを付いた。
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