第82話
僕が再び美穂に会えたのは、それから三日も後の事だった。
車に撥ねられて道路に倒れ伏した美穂は、まるで壊れた人形のようにぴくりとも動かなかった。僕は何もできずに呆然と立ち尽くし、誰かが呼んでくれた救急車によって運ばれていく彼女を見送る事しかできなかった。
大通りで交通事故が起こった事。その被害者が美穂であるという事はあっという間に近所中に知れ渡ったようであり、何時間も経ってから僕が家に戻ると、父と母が慌てて玄関先に出てきた。
「美穂さんが事故に遭ったって本当なのか⁉」
詰め寄るように父が叫び、母はおろおろとした表情で見てくる。僕は「うん……」とゆっくり頷いた。
「でも、詳しい事は分からない。俺、明日になったら美穂の家に行ってみるよ」
「……そうか。康介からもニュースで知ったようで、さっき連絡があった。由佳子さんは出張に行ってて無理だが、康介も明日来てくれるそうだ」
「分かった……」
「気をしっかり持て。お前が美穂さんの回復を信じないでどうする⁉」
「うん……」
僕はそれだけ返すと、のろのろとした足取りで階段を昇り、自分の部屋に戻った。
部屋の電気を点け、一番最初にベッドを見る。ほんの半日ほど前まで、美穂はここにいたんだ。おなかの子供を守りたい一心で病院を抜け出し、どうか生ませてほしいと僕にすがりついて懇願した。それなのに、僕は由佳子さんへの想いを最優先にしてしまって、美穂の体も心もずたずたに傷付けたんだ……!
僕はベッドのシーツに触れた。美穂が握り締めた部分がシワとなって残っている。彼女の思いが、そこに深く刻み込まれていた。
「美穂……!」
今頃になって涙が出てくる。がくりと膝を付き、僕はベッドに突っ伏して泣いた。
どうか彼女と、彼女が必死に守ろうとした命が無事でありますようにと、三日間心の底から祈った。
そして、三日目の朝の事だ。僕のスマホに美穂の母親から連絡が来たのは。彼女は美穂の現状をひと通り説明してくれた後で、最後にこう言った。
『お願いがあるの。美穂に、会いに来てくれないかしら……?』
母親の憔悴しきった声が、僕の耳元で震える。断る理由なんか、もう何もなかった。
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