第78話
数時間後、僕のスマホに美穂の母親から連絡が入った。美穂の症状は、疲れから来る重度の貧血だという事。治療の為に二~三日の入院が必要であるという事が伝えられた。
「そうですか。じゃあ、明日にでもお見舞いに行きます。病院はどこですか?」
僕が言うと、母親は慌てて答えた。
『……い、いいえ、大丈夫よ? そんな大げさな事でもないし、入院っていってもほんのちょっとの間だけだから、そこまで気を遣わなくていいわ』
「えっ……? でも、俺は美穂さんと付き合ってるんですから、なおさら元気づけてあげたいんですが」
『でもね、美穂もベッドで寝ている姿を見られたくないって言ってるし、静かに休ませてあげたいの。申し訳ないけど、今回は遠慮してくれないかしら?』
「……そうですか。じゃあ、退院したら教えて下さい。お預かりした家の鍵を返しますので」
『分かったわ』
母親はそう言った後、まるで急ぐように電話を切った。僕はその様子に少なからず疑問を覚えたが、最終的にはその言葉を信じて美穂の退院を待つ事にした。
だが、その翌日の事だった。二限目の講義を終えて、次の教室に向かおうとキャンパスを歩いていたら、正門のあたりが妙に騒がしかった。
何事かと思って、集まり始めた野次馬達の間に首を突っ込んでみると、正門に寄りかかるようにして立っている人影が見えた。夏用のパジャマに薄いカーディガンを羽織ってうなだれている人影は苦しそうに呼吸を繰り返し、今にも倒れてしまいそうだった。
「……おい、誰か救急車呼べよ」
「この子、うちの学生?」
野次馬達が次々に言葉を発していく中、僕はその人影がわずかに、そして必死に顔を持ち上げた時、思わず息を飲んだ。
「……美穂っ‼」
僕は野次馬の輪を乱暴に押し退け、そこにいた美穂の体をすぐさま支える。たった一日しか経っていないのに、美穂はずいぶんと弱々しくなっていた。その目は真っ赤になっていたし、頬にも涙の跡がくっきりと残っている。
「たかゆ、き……?」
美穂は僕に気付くと、力の入らない両腕で僕の肩口を必死に掴み、首を左右に振りながら小さい声で何度も繰り返し言った。
「嫌よ、絶対に嫌……。死んでも嫌よぉ……。助けて、孝之ぃ……!」
美穂は子供のように泣きじゃくりながら、僕の胸元にすがりつく。これ以上、美穂を好奇の目に晒したくなかった僕は彼女を抱えるようにして正門を出ると、少し歩いた所でタクシーを拾い、そのまま僕の家へと連れ帰った。
両親が不在だった為、自分の部屋に美穂を運んで、そっとベッドに寝かせた。よほど疲れたのか、それとも安心したのか美穂はすぐに静かな寝息を立て始める。僕は静かに部屋を出て、スマホから美穂の家に電話をかけた。
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