第58話
数十分後。電話で教えられた交番に行ってみると、美穂はずいぶんとふてくされた表情で座っていた。そんな彼女を二人の婦人警官が困ったように見つめていて、僕が思わず「美穂!」と短く叫べば、美穂はひどく驚いたような顔を持ち上げた。
「孝之……⁉」
まさか僕が本当にやってくるとは思ってもいなかったのだろう。美穂は両目を大きく見開いている。一方、僕に連絡してきた本宮という名前の四十代くらいの警官が少しあきれたような声で「ほら、彼氏さん来てくれたよ」と言った。
「お騒がせしました」
僕は本宮さんや婦人警官達に頭を下げる。美穂がふんっと大きく鼻息を漏らす中、本宮さんが「今回は大目に見るよ」と言ってくれた。
「どうやらこの子、いわゆるパパ活ってものをしてたみたいでね。その相手の男と道端で揉めて暴れたんだよ。相手の男に引っかき傷は作っちゃったけど、向こうは家族に知られたくないとかで、何とか和解に持ち込めたから、もう心配しなくて大丈夫だ」
「そうですか」
僕はほうっと息を吐いて、美穂を見た。美穂はぷいっと視線を逸らして膝の上で握りこぶしを作っている。それに気付いた婦人警官の一人が美穂に言った。
「よかったわね、すぐに彼氏さん来てくれて。もうあんな事しちゃダメよ? お酒も相当飲んでるみたいだし」
「お酒?」
僕が反芻すると、もう一人の婦人警官がこくりと頷いてから答えた。
「念の為にアルコール検知をさせてもらったんですが、かなりの量を飲んでいらっしゃる事が分かって……。ここまで連れてくるのも大変だったんです」
それを聞いた僕は、ひたすら「すみませんでした」と頭を下げるしかなかった。
交番からの帰り道、僕は美穂を背負ってゆっくりと繁華街に沿った横道を歩いていた。
久しぶりに見る街のネオンの光はまぶしいくらいに輝いていて、まるで昼間のようだ。週末のせいか、人の数もとても多い。僕達と同じ年頃のグループもいれば、完全に出来上がっているサラリーマン風のグループもいて、あちこちではしゃぐ大人達の喚き声が響いていた。
僕の背中でおとなしく背負われている美穂から、酒の臭いがひどく漂ってくる。あの婦人警官が言っていた通り、相当早いペースで飲んでいたのだろう。どこの誰とも分からない男と一緒に……。
「……ねえ孝之、さっきの聞いた?」
突然、美穂が小さく笑いながら話しかけてきた。
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