第53話
次に気が付いた時、僕は見覚えのない部屋のベッドで横になっていた。ゆっくり起き上がって、ひと通り周りを窺ってみるが、どうやら個室であるらしく、僕の他には誰もいない。ここがどこかの病院の一室だろうという事を漠然と思えたのは、やけに部屋の中が薬品臭いのと、僕の額を大きなガーゼとネット包帯が包んでいたせいだった。
慣れない薬の臭いに顔をしかめながらベッドの上で座っていると、ふいに部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「……あっ。孝之、気が付いたんだ」
ドアを開けて入ってきたのは、美穂だった。その腕の中には、二つの学生カバンが抱えられている。
「はい、カバン持ってきた」
そう言いながら、美穂は僕のカバンをベッドの脇に置き、すぐ側のパイプ椅子に腰かけた。
「どう、具合は?」
「……俺、どうなったんだっけ」
僕が間抜けな答え方をすると、美穂は呆れたといったふうに人差し指で僕の額を小突いてくる。軽い痛みが走った僕は額を押さえながら美穂をにらんだが、そんな僕を彼女はさらににらみ返してきた。
「バカなんじゃないの?」
「……はあ? 何の事だよ?」
「兄弟ゲンカなら、家でしなさいよ。学校のど真ん中で始めたと思ったら、階段から落ちたりして。軽い脳震盪と擦り傷だけで済んだからいいようなものの……」
階段から落ちた……?
その言葉で、さっきまでの記憶が鮮明に蘇った。そうだ、階段から落ちたんだ。でも、落ちたのは僕だけじゃない。
「由佳子さんは……⁉」
おそるおそる、僕は聞いてみた。
「由佳子さんも、俺と一緒に落ちたんだ。由佳子さんは、どうなったんだよ……」
「心配?」
「当たり前だろ。由佳子さんも怪我してるのか⁉」
「大丈夫よ」
美穂がはっきりと答えた。
「由佳子さんは怪我一つ負ってない。康介さんのおかげでね」
「兄貴の?」
「康介さん、孝之と由佳子さんが落ちる時、引き戻そうとして両手を伸ばしたらしいんだけど、無理だと思ったんでしょうね。一緒に落ちちゃったみたいなの。それで二人の下敷きになったんだけど、孝之と同じで脳震盪だけだから大丈夫。今は由佳子さんが付き添ってるから」
「そ、そっか……」
「一応、念の為に二人とも今日は入院しなさいって。明日の診察で何ともなかったら、帰っていいそうよ。あと、明後日までに反省文提出よ」
そう言って、美穂が再び僕の額を小突いた。
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