第47話

翌日の昼休み、由佳子さんのクッキーが入った紙袋を美穂に渡すと、彼女はぱあっと顔を明るくさせて、さっそく中身を覗き込んだ。クッキーの一つを摘み出し、じっくりと眺める。


「由佳子さん、相変わらず上手ねぇ」


 美穂もこの四年、由佳子さんと何度か交流があった。高校受験の時は勉強を見てもらっていたようだし、高校に入った後はお菓子や小物作りなどを習っている。


「私のクッキーって、由佳子さんみたいに仕上がらないのよ。何度やっても、どこか微妙に違うのよね」


 クッキーを一口かじってそう言う美穂に、僕は首を傾げる。


「クッキーって、形が焼き上がればそれでいいんじゃないのか?」


 うっかりそんなふうに言ったら、美穂はむっとした顔で「そうじゃないのよ」と言葉を返した。


「生地の中に入っちゃう空気の量や外気温で、味や食感が変わるんだって。由佳子さん、教師じゃなくてパティシエになればいいのに」

「ふうん」


 僕は鼻から抜けるような声で返事をしながら、うまそうにクッキーを食べる美穂の様子を眺めた。うん、やっぱりきれいになってる。中学の頃より、確実に。だからなのだろう、こんな質問をぶつけてみたくなった。


「美穂」

「……何?」

「お前さ。今、恋でもしてんの?」

「えっ⁉」


 美穂の体が硬直する。大きく目を見開き、ひどく驚いた顔で僕を見ていた。


「な、何で……⁉」

「いや、何かお前がきれいに見えるし」


 答えながら、僕はあれこれと想像を張り巡らせてみた。しかし単純な僕の思考回路は一つの事柄しか思い浮かばず、逆にそれが些細なイタズラ心を呼び起こした。


「ああ、なるほど~」


 僕はにやりと笑いながら言った。


「そういう事かよ」

「何よ?」

「彼氏ができたんだろ?」

「ええっ⁉」

「健気なんだな。そいつの為にお菓子作りの特訓してるんだ」

「……」


 美穂は黙って、こくりと頷く。頬を赤く染めてうつむくその様は、何だかとてもかわいらしかった。


 僕は興味が湧いてきて、側にあったノートを丸めるとマイクのようにして彼女の口元に差し出した。


「どんな奴なんですかっ?」

「……いいじゃない、そんなの~」

「いい男ですか⁉」

「うん……」

「どこの誰なんですか〜?」

「もう! やめてよ、孝之~」


 ノートを軽く払い除け、美穂は顔を真っ赤にしたまま教室から走り去っていく。僕はぼうっと彼女の背中を見送る格好となったが、少しからかい過ぎたかと反省する中、とても嬉しくなった。


 肝心な事が聞けなかったのは惜しいが、僕は優しい美穂の恋がうまくいくように祈った。もし、美穂の事を振るような奴がいたら、そいつはよっぽど女を見る目がない大バカ野郎に違いないと心底思った。

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