第45話

校門の前で美穂と別れた後、僕は快調に自転車を飛ばして家に向かう。初夏の日差しが照りつけて、背中がじんわりと汗ばんでいたが、自転車のペダルを踏み込む度に前方からやってくる微風が心地よかった。めちゃくちゃな音程ではあったが、自然と鼻歌なんかも出ていた。


 家に到着すると、玄関横のガレージにすっかり見慣れたものがある。ぴかぴかに磨き込まれたピンク色の自転車だ。途端に嬉しくなった僕は、自分の自転車を無造作にガレージの一番隅に停め、小走りに玄関へと向かう。そして鍵を開けてから「ただいま」と言えば、台所の奥の方からスリッパが床を蹴る音が聞こえてきた。


「お帰りなさい、孝之君。おじゃましてます」

「こんにちは、由佳子さん」


 エプロンをかけたまま出てきた由佳子さんに向かって、僕は軽く会釈する。由佳子さんはふわりときれいな微笑みを見せてくれた。


 四年前のあの日から兄貴と付き合い始めた由佳子さんは、頻繁に僕達の家にやってくるようになった。気立ても良く、礼儀正しい由佳子さんを両親も気に入り、彼女がいつ訪れても嫌な顔一つせず迎えるほどだった。


 由佳子さんは兄貴と同じ大学に推薦入学し、同じ教育学部に在席している。おまけにほとんど同じ講義に出ていたらしく、僕と美穂がそうであるように、兄貴と由佳子さんもいつも一緒にいた。


 僕が由佳子さんのエプロン姿をまじまじと見ているので、彼女はやがて頬を赤らめながら言った。


「……これ? ちょっとお台所借りてたの。クッキー焼いたんだけど、孝之君も食べる?」

「兄貴の奴、またレポートに煮詰まってんの? ダッセェ~」

「仕方ないわよ。コウちゃん、根が真面目過ぎるから。手を抜く事を知らないのよ」

「由佳子さんだってそうじゃん。兄貴から聞いたよ、大学の論文大会で優勝したんだって?」

「まぐれよ、私の実力じゃありません」

「はいはい、そうですか」


 もうすぐ準備ができるからと言う由佳子さんを残して、僕は階段を駆け昇る。二階に到着すると、兄貴の部屋のドアはきっちりと閉められていて、『レポート作成中。用がある時はノックする事!』などという貼り紙が貼られてあった。


 僕は一応、二度三度ノックしてから「兄貴、いいか?」と声をかけた。すると。

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