第44話





「緒形。こんなんでお前、将来どうするつもりだ?」


 高校二年になった僕は、成績が極端に下がった。進級が危ぶまれるといったほどではなかったが、大学進学を選択するにはあまりにもお粗末なものだった。


 一学期も終わりに近付いたある日の放課後。業を煮やした担任から職員室へと呼び出された僕は、かれこれ十分以上も説教を受けていた。もういい加減にしてくれと、何度も思いながらだんまりを決め込んでいたが。


「いいか緒形。大学受験は一夜漬けでやるものじゃないし、ましてや三年の時だけいい成績を取っていればいいものでもない。これまでの積み重ねが大事なんだ」

「……積み重ね、ですか?」

「そうだ。お前の兄貴がいい見本だ。奴は本当によく頑張った」


 またか、と思った僕は露骨な息を吐いた。兄貴と同じ高校に進学した為、彼を知る周囲の人間から事あるごとに「兄貴のいい話」を聞かされ続けていたから。


 四年前。兄貴はかなり苦労したが、努力に努力を重ねた結果、望み通り第一志望の大学に合格し、そこの教育学部に進んだ。


 将来は高校教師になり、生徒達に強いバスケを教えていきたい。自分の果たせなかった夢を次の世代に託したいという彼の願いは、いつのまにか「美談」という名の素晴らしい噂として残り、今みたいに俺への説教に利用される事が増えていった。


 誤解がないように述べるとすれば、僕は兄貴が素晴らしい人間として話をされる事に全く不満はない。それどころか、そんな男が自分の兄だという事実にちょっとばかり酔い痴れ、自慢にさえ思っていた。だから、そんな兄貴を引き合いにして、僕なんかと比べてほしくなかった。


 兄貴と違って、僕には何の取り柄もない。比べる事自体、兄貴に対して失礼な話だ。どうせ比べるのなら、せいぜい高校に入った直後から急激に伸びて兄貴とほとんど変わらなくなった身長だけにしてほしかった。


 担任の長い説教がひと通り終わったところで、僕は「じゃあ、就職の方向でお願いします」とだけ言い、やっと職員室から出る事ができた。職員室のドアから廊下に出た時、目の前で二つの学生カバンを持った美穂が僕に気付き、「あっ」と小さな声をあげて笑った。


「お疲れ様、孝之。どうだった?」


 言いながら、美穂は僕の分の学生カバンを手渡す。僕はそれを受け取りながら、「やばいってさ」と短く答えた。


 美穂も僕と同じ高校に進学し、一年、二年共に同じクラスになった。


 美穂は中学の頃と比べると、何だかちょっときれいになったような気がする。それなのに性格や学校での生活態度の方はちっとも変わらなかったから、クラスの男子達からの人気は日々を追うごとに増している。


 以前、僕が風邪で欠席していた日にこっそり男子だけで女子の人気投票が行われたようだが、美穂がダントツの一位だったらしい。しかし、それを知る由もない彼女は相変わらず僕と一緒にいたし、僕もその事に何の違和感も持たなかった。


 変わったところといえば、せいぜいお互いを下の名前で呼び合うようになった事くらいで、僕と美穂の間を繋ぐ「友情」は中学の頃からずっと同じだ。少なくとも、僕はそう思っていた。

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