第33話

「……孝之君。それと、笹川さん」


 背後から僕と美穂の名前が呼ばれた瞬間、相手チームの選手がまたゴールを決めた。そのせいで僕は表情が険しくなっていたのだろう。振り返った途端、声の主がわずかに体をびくりと跳ねさせた。


「……に、西崎さん⁉」

「ご、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」

「いえ……」


 僕が立ち上がって軽く会釈すると、美穂も由佳子さんに気付いて僕の行動を真似る。由佳子さんも軽く頭を下げると、視線はコートの中へと注いだまま、僕達の方へと近付いてきた。


「良くない流れになってるわね」


 由佳子さんが言った。


「慣れが過ぎたチームプレイって厄介よね。一人メンバーが変わるとそこを相手に付け込まれたり、それまでのフォーメーションに微妙な誤差が生まれて余計なミスを出してしまう」

「兄貴が出てれば、あんな奴ら……!」


 僕のこぶしは、ますます固く握り締められた。


「兄貴が試合に出れば、大量に点を取ってるのはこっちの方なんだ。何で顧問の先公は兄貴を出さないんだよ」

「分かってるはずでしょ」


 由佳子さんが静かな口調で言った。


「そして誰より、緒形君が一番よく分かってる。それを受け入れて、あそこに座ってるのよ」

「あんなに努力したのにですか?」

「努力が必ずしも結果に繋がるとは限らないわ。悔しいけど……」


 そう言って、由佳子さんは顔を伏せた。


 この時、伏せてしまった由佳子さんの顔を僕は見る事ができなかったが、彼女は泣くのを必死で堪えていたのだと思う。きっと僕なんかよりずっと悔しかっただろう。


 しかし、鈍い僕は彼女のそれがいったい何から湧き上がってくるものなのか全く気付けなかったし、美穂も分からないといったふうに首を傾げていた。


 数十分後に試合は終わった。大差を付けられての敗北だった。兄貴の高校生活最後の試合は一回戦で、しかもほんの一瞬もコートに立てないままに終わった。僕も美穂も、そして由佳子さんも、兄貴達のチームが整列して控え室へ去っていくその姿を押し黙ったまま見送った――。

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