第31話
「そっか……」
由佳子さんは何かを考えているようだったが、すぐににこりと笑いながら「じゃあ、会場で会えたら会いましょう。確か、今度の日曜だったわよね?」と言ってきた。試合の日取りだけは覚えていたので、僕はしっかりと頷く。
「はい、そうです」
「分かった。じゃあね、孝之君」
由佳子さんは、一年前のように僕達に背中を向けて歩き去っていった。ワンピースの裾が小さくひるがえる。
そんな由佳子さんの姿が見えなくなった頃、それまで静かだった美穂が突然しゃべりだした。
「きれいな人ね」
「……えっ⁉ ああ、そうだな」
「緒形君のお兄さんのクラスメイトだから、高三でしょ? もっと年上の人かと思った」
美穂の言う通り、由佳子さんは一年前に会った時よりもずっときれいになっていた。モデルやアイドル達のような人為的に設けられたきらびやかさとは違い、その身の内から滲み出てくるような優しい美しさがある。僕にはそれが「大人の女性の魅力」のように感じられて、少しの間ぼうっとしていた。
「緒形君」
美穂が、僕を呼んだ。
「お兄さんの試合、本当に見に行くの?」
「何で?」
「見に行くんでしょ?」
「何で笹川が聞くんだよ」
「さっき、どこかへ行こうって誘ってくれたじゃない? だったら私、行きたい所できた!」
美穂は、まるで小さな子供のように目をきらきらと輝かせていた。
「お兄さんの試合なんだけど、私も一緒に見に行っていい? いいでしょ⁉ ねっ?」
何故かとてつもなく強い圧を感じた僕は、抵抗や拒否って言葉の意味自体も思い出せないまま、再び観念するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます