第29話
「……孝之君?」
真横から聞こえてきた美穂とは違う声に、僕は反射的に振り返る。美穂も少し驚いたような顔をして、そちらに首を伸ばした。
そこには、どこかで会った事があるような見覚えのある少女が一人、何冊かの本を抱えて立っていた。薄くて淡いピンクのワンピースの下から覗く白い足は、きれいな形のサンダルを履いている。
「やっぱり孝之君だ、背が伸びたわね」
少女は微笑みながら、僕達にゆっくりと近付いてきた。
僕は戸惑っていた。彼女が誰だったのか、すぐには思い出せなかったからだ。僕がそうなのだから、美穂なんかはもっと戸惑っただろう。僕にしか聞こえないくらいの小さな声で「誰、あの人?」と答えを急かすように聞いてきた。
「そんな事言ったって……」
焦った僕が少女と美穂の顔をあっちこっちと見遣っていると、やがて少女が口元を押さえて声が漏れないようにしながら笑い始めた。
「ごめんなさい。覚えてないかもしれないけど、西崎由佳子です。前に会ってから、もう一年は過ぎちゃったものね」
彼女の名前を聞いてから十秒ほど経って、僕は「あっ!」と、つい大声をあげた。
西崎由佳子……、兄貴とケンカして公園で泣いていた僕にハンカチを差し出してくれた年上の女の人。怪我のせいで塞ぎ込み、ヤケ気味になっていた兄貴に一喝してくれたクラスメイトの……。
そこまで思い出した僕はすっきりした事で自然と笑みが浮かんだが、それと同時に周囲にいた他の利用者達の敵意に近い視線をぎらぎらと浴びる事にもなった。カウンターに座っている職員もこちらを思いっきりにらんでいる。
「……早く本を借りて、外に出ましょ」
視線に気付いた美穂が居たたまれなくなったのか、早口でそう言った。
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