第28話
学校は昼前に終わり、僕と美穂は自転車に跨がって近くのハンバーガーショップに入った。そこで一番安いセットを注文し、次第に混み始めたイートインコーナーで急いで食べる。その間も、僕はまだ未練がましくどこか別の楽しい所に行きたくて仕方なかった。
「本当に図書館行くのか?」
僕はできるだけつまらなさそうな声を出して言った。できれば楽しめなかった昼食の時間の分だけ何かをして楽しみたかったのだが、美穂がきっぱりと「ダメ!」と言った。
「夏休みが終わる頃になって泣きを見るよりは全然マシだよ? 読みやすい本、一緒に探してあげる」
そう言われては仕方なく、僕は半ば強制的に図書館に連行された。
僕は、図書館はさほど好きではない。活字だらけの本などあまり読む気になれない典型的な若者の一人であるし、しんと静まり返った図書館の空気にも馴染めないのだ。なのに美穂ときたら、椅子の上で落ち着けずにそわそわしている僕の目の前に十数冊もの小説本を山積みにしながら言った。
「とりあえず、これらが私のおすすめね。特にこの『山月記』なんて、ものすごく考えさせられるけど」
「難しい?」
「ちょっとだけね」
「簡単な奴はないの?」
「緒形君。一つの事をやり遂げるという事に、簡単な道はないの」
「何だよ、それ」
「『ローマは一日にして成らず』って事よ」
「ふぅん」
僕は小説の山々を覗き込むように見つめた。夏目漱石とか芥川竜之介とか、よく目にする作家の本もあれば、外国人作家の新刊本までいろいろとある。やはり読書が趣味という事もあって、美穂の嗜好範囲はかなり幅広いものと思われた。
「……やっぱり、自分で選んできちゃダメかな?」
数分後。本とのにらめっこに飽きた僕がおそるおそる尋ねると、美穂じゃ「マンガはダメよ?」と釘を差してくる。それに適当に返事をしながら僕が立ち上がると、彼女はぴったりと僕の背後に回ってついてきた。
奥まった部屋の本棚の間をいくつも通り抜け、「あれでもない」「これでもない」と自分に合いそうな本を探し続けて少し経った頃、美穂が小声で話しかけてきた。
「こうなったら偉人伝にでもする? 緒形君、誰か好きな人はいないの?」
「う~ん……、ヘレン・ケラー?」
「何故?」
「偉人の中で一番知ってるし、まあまあ好きだから?」
「じゃあ、それにしましょ」
そう言って、美穂は僕の手を引いて偉人伝が並んである本棚の前まで連れていく。ヘレン・ケラーの本はすぐに見つかった。
「はい、どうぞ」
美穂がその本を取って、僕に手渡した。少し分厚くて、ずしりと重みがある。何でよりにもよってこんなに厚い本を選ぶんだと僕は文句を言いそうになったが、その時だった。
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