第25話
数時間後。家族全員が揃っての夕食が始まった。
昼間の事など何も知らない両親は早々と食卓に着き、続いて僕、最後に兄貴もゆっくりとやってきた。
夕食のメニューは、母の手作りの中で僕と兄貴の一番の大好物である鶏の唐揚げだった。僕と兄貴の分は両親の分より多めに盛られており、添えられたポテトサラダが唐揚げの山に埋もれそうになっている。いつもならここで僕も兄貴も大喜びするのだが、さっきの出来事のせいで二人とも押し黙り、「いただきます」のあいさつもそこそこに食事を始めた。
「何だ、二人とも今日はずいぶんと静かだな。どうしたんだ?」
晩酌のビールを一口含んでから、父が不思議そうに尋ねる。兄貴は「別に」とだけ答え、僕もただ首を横に振る事しかできなかった。
僕は隣に座る兄貴の顔をまともに見る事ができなかった。兄貴がまだ口をきいてくれないからだ。きっとまだ怒っているんだと思っていた僕は居たたまれなくて仕方なかったが、少し経ってからどうも変な事に気が付いた。
食べても食べても、唐揚げの量がちっとも減らない。本当に唐揚げが大好物なのでいくらでも食べられる自信があるのだが、唐揚げは減るどころかむしろ少しずつ増えている。
おかしいなと思って、僕がそうっと隣を窺ってみれば、兄貴が自分の皿に盛られている唐揚げを一つずつ僕の皿に移しているのが前髪越しに見えた。
「に、兄ちゃん⁉」
僕は小声で兄貴を呼んだ。兄貴はどんなに腹が膨れていても、自分の好物を僕に分けるという事は決してしない。それなのに、兄貴はどんどん唐揚げを僕の皿に移していく。気が付けば、兄貴の皿に盛られていた量の半分以上が僕の皿に移動されていた。
「兄ちゃん」
僕はもう一度、小声で兄貴を呼んだ。すると兄貴も小声でぼそりと言った。
「さっきは痛かっただろ。ごめんな、孝之」
それ以上は何も言わず、兄貴は残りの唐揚げを食べ始めた。僕もそれ以上は何も言わずに、大量になった唐揚げを食べ始めた。
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