第22話
少女はおもむろにスカートのポケットから真っ白なハンカチを取り出すと、「はい、どうぞ」と言って僕に差し出してきた。
「……え?」
「顔、ぐしゃぐしゃだよ。これで拭いて?」
そう言って、少女はにこりと微笑んだ。僕は素直に「ありがとう」と言ってハンカチを受け取り、目の周りを拭った。鼻水も溜まっていたけど、さすがに鼻をかむ事はできなかった。
僕はもう一度「ありがとう」と言って、広げていたハンカチをできるだけていねいにたたんだ。
「ごめんなさい、ハンカチ濡れちゃった……」
「いいのよ、ちゃんと洗濯するから」
そう言って、セーラー服の少女は僕の手からハンカチを取り、再びスカートのポケットにしまう。つくづく子供である僕は、それが何だか申し訳なかった。
しょぼんとする僕に気付いたのか、少女は僕の頭を優しく撫でながら「気にしなくていいのよ、孝之君」と、言った。
僕はとても驚いた。僕と少女は今、初めて会ったはずなのにと。
僕は自分の身の回りをきょろきょろとしてみたが、どこにも僕の名を書き記している物などない。不思議に思った僕がじっと少女の顔を見上げてみると、彼女はくすっと小さく笑った。
「孝之君、だよね? ほら、覚えてないかな? 三年くらい前に緒形君……、君のお兄ちゃんがダンクシュートを決めた試合」
「え……、うん! 覚えてるよ!」
「私もその試合見てたの。あの試合の後、緒形君が君の名前を呼んでたから、それで覚えちゃってたっていうか……」
「お姉ちゃんも見てたんだ」
「うん、緒形君とは中学からずっと同じクラスなの」
少女が僕の隣にゆっくりと腰かけてくる。その際、彼女の黒髪が空気の中でふわりと静かになびくのを見ながら、僕は心の中で納得していた。そうか、兄ちゃんと同じ学校の人だったのか。だから、セーラー服に見覚えがあったんだ。
「ねえ、どうして泣いていたの?」
ふいに少女がそう尋ねてきて、僕は返事に困った。
「え……」
「家、この近くなんでしょ? どうして公園で泣いていたの?」
僕は一瞬、答えるかどうか迷った。先ほどの事を話してしまえば愚痴をこぼしているようで恥ずかしいし、何より兄貴もこれ以上情けない様子を誰かに知られたくはないはずだ。僕は口を一文字に結び、そっぽを向く事で、彼女への返事を拒んだ。
「話したくないの?」
彼女の優しい口調が背中の向こうから聞こえる。僕が何も言わずにいると、彼女は「分かった」と言ってベンチから立ち上がった。
「じゃあ、今から孝之君の家に連れてって」
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