第20話
普通に立ち上がるだけでも激痛が襲うという兄貴の怪我の具合は全治数ヶ月といったところで、当然インターハイに間に合う訳がなかった。
彼は痛み止めを打ってでも出ると顧問に懇願していたが、代わりの選手はすでに決まってしまったらしく、とうとう兄貴は夏休みの間、部活に参加する事すら禁じられ、自宅療養を余儀なくされた。
兄貴の世話は、僕が引き受ける事になった。世話といっても、兄貴は風呂に入る以外はとりあえず一人でできていたし(風呂は父が入れていた)、この時の僕ができる事といったら、一緒に食事をしたり、部屋に閉じこもってばかりいる彼の側でマンガを読んだりゲームをする事くらいだったが、僕はそれをどこか誇らしく思っていた。
夏休みなどない両親に代わって、たった一人の弟である自分が、落ち込んでいるであろう兄貴の気分を癒している。自分自身の役目を果たしているのだと勝手に満足していたのだ。決してそうではないと気付きもせずに。
ある日の事だった。僕はいつものように兄貴の部屋に勝手に上がり込み、ベッドの上で窓の向こうをぼんやりと眺めている彼を尻目にゲームを始めた。
その時は、確か何かのRPGをやっていたと思うが、今となってはタイトルすら思い出せない。ただ、それは小学生には少し難しいもので、僕は兄貴の助言なしではなかなか先に進む事ができなかった。
兄貴の部屋には扇風機しかなく、部屋は蒸すように暑い。それなのに兄貴は窓を閉めきったまま、じりじりと照りつけてくる夏の日差しの向こうをじっと見つめている。その視線の先にあるのは、兄貴が毎日のように通っていた高校の体育館に違いなかった。
しかし、そんな事にすら気付けない僕は暑さに耐えかねて「窓、開けるよ」と言いながら、ロックを外してガラス窓を全開にする。途端、窓の側に立ち並ぶ木々の幹に留まっていたセミ達の大合唱が一斉に僕達の耳に飛び込んできて、僕はしかめっ面になった。
セミの声がうるさいというよりは、ゲームのBGMが聞こえなくなってしまった事に対しての不満からだった。一人ではクリアしにくいゲームではあるが、その数々のBGMは非常にかっこよく、聴いているだけでもわくわくしてくるようなものだった。どんな強い敵キャラでも倒せそうな気がして、仮想空間での冒険を満喫できた。それを邪魔される事が、子供なりに不愉快だったのだ。
僕は急いでゲームの端末機を手に取ると、音量を最大に設定した。するとあっという間に大音量の音楽が部屋中に響き渡り、ひと安心した僕はゲームの続きをやり始める。だが、それもわずか数十秒で終わった。突然、両手の中にあったはずの端末機が消えたのだ。
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