第14話

僕が小学校に上がる年に、兄貴は小学六年生になった。


 この頃になると兄貴は何だか急に背が伸び始めて、まだ小さかった僕には彼がずいぶんと大人になってしまったような気がした。「危ないから一緒に行きなさい」という母の言葉に従って、登校する時はいつも兄貴の手を握って歩いていたが、その手のひらもかなり大きく分厚くなっていた。


 ついこの間まで、この手は一緒に砂遊びをしてくれていたのになと思い、何だか取り残されてしまったような気がしたのを覚えている。五歳という年齢差を考えればむしろ自然な事だったのだが、当時の僕はそれが何だか少し悲しかった。


 その年の夏休み、「海に遊びに行きたい」という兄貴の要望で、僕達家族は一泊二日の小旅行に出かけた。


 いつも訪れる海水浴場とは違って、知らない土地で初めて見る別の海の風景に、僕は波打ち際で走り回ったり、珍しい形をした石や貝殻を集めたりなどしてかなりはしゃいだ。


「楽しいか、たかちゃん?」


 僕の側で一緒に遊んでくれていた兄貴が、ゆっくりと微笑みながら言った。僕は当たり前のように「うん!」と答えた。


「たかちゃん、すごく楽しいよ。兄ちゃん、パパとママに言ってくれてありがとう」

「いいんだよ」


 兄貴はにっこりと笑ってから、足元の砂を掻き集め、城の形を作り始めた。手先が器用な兄貴にとって砂の城を作る事など訳もなく、これまでにも何度か作ってもらっていた。


 僕がその様子をうっとりと見つめていると、兄貴がおもむろに言った。


「たかちゃん、兄ちゃんな。中学生になったら、バスケットボールを始めようと思うんだ」

「……バスケットボール?」

「そう、スポーツだよ」


 まだ小学一年生だったが、僕は兄貴がどのスポーツも得意であるという事を知っていたし、体育の成績はとても素晴らしいと彼の担任の教師から聞かされた事もあった。それゆえに、自分の兄は何でもできるスーパーマンだという確信しか持っていなかった僕は、笑いながら言った。


「兄ちゃんすごい、すごいよ! たかちゃんも大きくなったら、兄ちゃんと一緒にやる!」

「でもその代わり、来年の夏休みからは一緒に遊べないぞ。兄ちゃん、きっと忙しくなる」

「そんなのいいよ、大丈夫。兄ちゃん、頑張ってね!」


 僕がそう言うと、兄貴は顔いっぱいに嬉しさを込み上げさせていた。


 きっとこの時、兄貴は悩んでいたのだと思う。自分が好きな事をする為に、僕の世話を放棄してしまう事を何よりも憂いていたのだろう。兄貴は、そんな優しい男だった。

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