第11話

美穂はこちらをじろりとにらみつけた後、僕の横を擦り抜けようと歩き出す。その瞬間、これまで以上の罪悪感が僕を支配した。


 兄貴がああなってしまったのも、美穂がこんなに変わってしまったのも、そして「彼女」の事も、全部僕の責任だ……!


 気が付くと、僕は美穂の手首を掴んでいた。


「……何よ、離して」


 美穂は振り向きもせず、冷たい声で僕を拒んだ。僕が掴んだその右手は、怒りを抑え込むかのようにぎゅっと固く握り締められている。


「離しなさいよ、孝之たかゆき

「もっと美穂と話がしたいんだ。頼む、後で時間を作ってくれ」


 それ以外、僕は何も考えていなかった。昔のようなずるい考えや姑息な手段を思い浮かべる余裕なんか、もう欠片も持っていない。しかし、美穂はそれの奥にあるものを決して見逃しはしなかった。


「……寂しいんだ?」


 くすっという冷ややかな笑い声が、美穂の口から漏れた。


「また、由佳子さんの代わりが欲しくなったの……?」

「……っ!」

「前にも言ったと思うけど」


 美穂が、肩越しにちらりと振り向いた。半面だけしか見えなかったが、それでも美穂の顔は怒りと悲しみに満ち溢れ、瞳が潤んで微かに震えていた。


「私は、私なの。断じて由佳子さんじゃないわ」

「美穂……」

「私はね、あんた達が許せないの。あんたも康介さんも、由佳子さんも……皆、大嫌いよ! もう私に関わらないで、この偽善者‼」


 偽善者という言葉が僕の体の中を稲妻のように駆け抜け、美穂の手を掴む力を失わせる。それに気付いた美穂は素早く右手を引き戻し、二度と僕を振り返る事なく、大学の中へと走り去っていった。


 一人その場に残された僕は、ゆっくりと空を見上げた。きれいな青色の空だった。陳腐な考えだが、できる事なら時間を巻き戻して、あの頃からやり直したいと本気で思えるほどに。


 そうすれば、僕達は誰もあんな思いをせずにすむ。そして、僕はあんな過ちを犯さずにすんだんだ……。


 僕は、空の向こうにいるかどうかも分からない神様とかいう奴に、どうしても尋ねてみたい事があった。


 どうして偽善者の僕に罰を与えないのか。どうして僕一人だけが、その身に災いが降りかかる事もなく、のうのうと生かされているのかと――。

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