第6話
†
「そんな、どうして……!」
半年前のあの日。梅雨前線がほぼ全国を縦断しており、激しい大粒の雨が一日中降り続けていた。朝から兄貴を見舞っていた僕達家族は、午後になって兄貴を治療してくれた担当医から呼び出され、十畳ほどあるかと思われる会議室のような薄暗い部屋に通された。
僕達は担当医に勧められるまま、細長い机に備えられた簡素なパイプ椅子に並んで腰を下ろした。彼も机を挟んで僕達の前にゆっくりと腰を下ろしたが、ふうっと細く息を吐いたと思ったら、ひどく強張った表情をこちらに向けてきた。
兄貴の怪我の具合でも説明してくれるのであろうという安易な考えしか持っていなかった僕は、そのあまりにも深刻な表情に疑問を抱く。両親も少なからず僕と同じ思いだったらしく、お互いの顔を見つめてそれを確認し合っていた。
僕はこのただならぬ雰囲気に決して飲まれまいと。心の中でひたすらつぶやき続けた。
大丈夫。あんなに悲しい出来事が起こったんだ。もうこれ以上、ひどい事なんて続けて起きる訳がない。そんな事、あるはずがない。だから、だから絶対大丈夫。兄貴は、きっと大丈夫だ――。
僕は、膝の上で両手を固く握り締める。そうしている間に、担当医の口がゆっくりと動き出し、兄貴の現状を伝え始めた。
今となっては、あの時どのような説明がされていたのかよく思い出せない。だが、それがひと通り出尽くした後で、母がつぶやくように言ったのが先の言葉だった。
母は、真っ青な顔で椅子からゆっくりと崩れ落ちた。両側に座っていた僕と父がとっさにその体を支えたが、全身の力がすっかり抜けているらしい母の肩は小刻みに震えていた。
「何かの間違い、という事はないんですか? そんな事、ある訳が……」
震えが足にまで達して上手く立つ事ができない母を何とか椅子に座り直させた父が、わずかな望みをかけて言った。
「だって息子は、
「分かりません……」
担当医は静かに首を横に振った。
「実にケース・バイ・ケースですので、一概には言えません。すぐに回復する方もいれば……」
「一生、目を覚まさないって可能性もあるって事かよ?」
担当医の言葉を遮って、僕がぼそりと言う。全員の視線が僕に集中する中、僕はふつふつと湧き上がる怒りを何とか抑え込みながら言葉を続けた。
「あんなにすごい事故だったってのに、兄貴はそれすら覚えてないって言うんですか⁉ あの人の事も……」
「おそらくは」
そう言った担当医の声は、やっと聞き取れるかと思えるほどか細いものだった。
そのせいか分からないが、僕の怒りは頂点に達した。気が付けば僕の足は部屋を飛び出し、廊下を走り出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます