第3話

「僕と遊ぶの、嫌?」

「俺は……」

「僕の事、嫌いなの?」


 その言葉に、僕は何度目かの強い恐怖と悲しみに襲われた。その続きは、決して聞きたくない。それは僕にとって、耳を塞ぎ、顔を背けたくなるほどのものだ。


「……やめてくれ」


 僕は小さく言った。


「嫌いになる訳ないだろ。そんな事、ある訳がない……」

「たかちゃんは、僕の事が嫌いなんだよ」


 男の子の目に大きな涙が溜まり始め、やがて一筋の雫となって彼の頬を伝った。


「だって、僕は」


 男の子が言った。


「たかちゃんにひどい事をしたから。たかちゃんの大事なもの、全部取っちゃったから。だから、たかちゃんは僕の事が嫌いなんでしょ?」


 僕はいつも、ここで後悔する。今度こそ、今度こそはと思っているのに。どうしてたった一言が、簡単な一言がこの場で言えないんだ。


 握りこぶしを作り、口の中のわずかな唾液を飲み込むも、渇き切った喉の奥に引っ掛かったままの言葉は決して出てきてはくれない。そんなふうに何もできず、何も言えず、悲しそうに涙をこぼし続ける男の子を見つめる事しかできないうちに僕の夢はここで途切れる。僕は否応なしに現実へと引き戻されていく。


 まぶたを開くと、いつも僕は固いベッドの上に寝転んでいて、薄汚れた天井と古ぼけた蛍光灯を見上げている。そのくせ両腕は間抜けなほどまっすぐに突き伸ばされていて、何の手応えもない空気を懸命に掴もうとしているかのように見えて、実に滑稽だった。


 だが、そのままの姿勢で、僕はまぶたの裏から通り過ぎようとしている夢の中の風景を留める努力を必死に行う。このルーティンこそ、僕の罪深い一日をまた新しく始める為の大事な儀式だった。

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