第2話

だが、海水をたっぷりと含んだ砂に足を取られてよろけたかと思えば、彼はそのまま前のめりに転んでしまい、顔面を思い切り砂へとぶつけてしまった。僕も両親も「あっ」と声をあげる間すらなかった。


 十秒くらいかかっただろうか、子供の僕は砂まみれの顔だけをゆっくりと持ち上げた。砂の一粒一粒にまで染み込んだ海水の塩からさが口の中まで浸透し、痛みが目の奥や頬を貫いてくる。


 両親は一瞬どうしていいか分からなかったようで、全身が固まってしまっている。すぐに助けが来てくれなかった寂しさと、転んでしまった恥ずかしさ。そして目の痛みが幾重にも連なった事で、子供の僕は顔をくしゃくしゃに歪め、瞳に溜まり出した涙が今にもこぼれ落ちそうになる。その時だった。


「たかちゃん!」


 少し離れた所から聞こえた呼び声に、僕達二人はそちらへと顔を向ければ、同じく海パン姿の小学三、四年生くらいの男の子が慌てて僕達の方へと走り寄ってきていた。


「たかちゃん、大丈夫⁉」


 僕達の元へと辿り着いた男の子は、倒れたままだった子供の僕の側に屈むと、まだ細い両腕を使って彼を素早く立たせる。そして首に掛けていたタオルを取ると、彼の顔に付いた砂を優しくていねいに拭ってやった。


「ダメだよ、急に走っちゃ。怪我するからね?」


 男の子の優しい言葉に子供の僕はギャン泣きこそ免れたが、垂れ出した鼻水ばかりはどうにもならず、ずびずびと鼻を鳴らしながら何度も頷く。その様子にちょっとだけ安心したのか、男の子はほっと息を吐いた後、彼の手を取りながら言った。


「さあ、あっちで遊ぼう。兄ちゃんがお城を作ってあげるよ」

「本当?」


 子供の僕はすぐに明るい笑顔を取り戻し、男の子の手を強く握り返した。


「本当にお城を作ってくれるの? おっきくないと、たかちゃん嫌だよ?」

「うん、おっきいの作ってあげるよ」


 二人は僕に背を向けて、ゆっくりと歩き始めた。僕は彼らを見送る格好となっていたが、十歩も行かないうちに、ふと男の子がこっちを振り返ってきた。


「どうしたの?」

「え……」


 何度も何度も繰り返し見る夢なのに、この瞬間が訪れる度に僕の体は情けないほどに萎縮する。瞬きもできないほど一瞬の間にやってくる全ての感情に、僕はいまだに慣れる事ができない。


「おいでよ」


 言いながら、男の子は空いているもう片方の手をゆっくりと僕に伸ばしてくる。とても優しい笑顔をしていた。


「そっちのたかちゃんも、一緒においでよ」

「いや、俺は……」

「何で来ないの?」


 男の子は、不思議そうに首を傾げながら、焦れったそうに伸ばした手を揺らした。

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