第113話

いったい、何がどうなって今のような状況になっているのか分からない。


 ただ、頭の中に占めている「ヒロミさんを助けなきゃ!」という思いに突き動かされるまま、麻衣は行動を起こしていた。


「やめて! ヒロミさんに何するのよ!!」


 若い男に向かって、麻衣がそう叫ぶ。力の限り、大声で。


 すると、ベンチの前に並べ置かれていた『心霊束縛塩』が、風もないのに突然ひと掴みも残さず霧散する。続いて、若い男の手の中にあった『心霊六法全書』も勢いよく弾かれ、そのまま足元へと音を立てて落ちていった。


「……何だ?」


 特に慌てる様子は見受けられなかったが、それでも思ってもいなかった事態が起きて驚いているのか、若い男――神崎京也の表情が険しくなる。その横で、四十代の男がおろおろしていた。


「あ、あの、神崎先生……?」

「大丈夫。ちょっとしたトラブルのようです」


 冷静にそう告げると、京也はベンチの前でうずくまるヒロミを、やや冷たい目で見た。


「はぁ、はぁ……。うぅ……」

「君じゃないとすると」


 呟くようにそう言った後、京也はベンチまであと数メートルとまでに近付いてきていた麻衣をおもむろに振り返ると、まるで友人と談笑するかのように朗らかに話しかけてきた。

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