第110話

そのまま、何となく早足で道を歩いていく。それに比例するかのように、心の中での独り言もヒートアップしていた。


(何あれ、何あれ、何あれ……! あのお父さんが。小さい頃から、いつも私に小言しか言ってこなかったようなお父さんが、あんな事……。あんな、あんな優しい心配の言葉をかけてくれるなんてっ……! やだ、泣いちゃいそう……!)


 そう。自分の記憶のどれを掘り起こしてみても、麻衣が稔彦からかけられてきた言葉はいつも散々なものだった。


『お前には無理だ』

『あきらめろ』

『お前が弁護士になれる訳ないだろう』


 どれもこれも否定的なものばかりで、褒めてもらえた事など皆無に等しい。実の娘に対してあんまりじゃないかと、どれほど落ち込んだかしれない。


 そんな稔彦から、例え気まぐれか何かであっても、初めてかけてもらえた心配の言葉。麻衣は泣き出したいのと、小躍りしたい気分がごちゃ混ぜになってとても困った。


 どうしよう。このままだと、『鳴海心霊法律相談事務所』に着く頃には、思いきり変人みたいになってるかもしれない。


 かといって、あの人にさっきの事を話したところで、「それがどうした、この顔面崩壊不審小娘が」などと一蹴されそうで嫌だし。


「……そうだ、ヒロミさんなら!」


 いつも歩道橋の袂で会える彼女なら、今の自分の気持ちを寸分の狂いもなく理解してくれるだろう。


 時間も、まだ少し余裕がある。歩道橋に寄っていこうと、麻衣は足取り軽く向かった。

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