第106話

階段を駆け降り、玄関を乱暴に押し開けると、公太はそのまま庭の犬小屋にいるはずのマッキーを探す。だが、そこに生きているマッキーはいなかった。


 ここ数年、餌をやる為だけにしか入らなかった庭。その真ん中で、すっかり年老いたドーベルマンが力なく横たわっていて、公太がすぐ側まで駆け寄ってもピクリとも動かない。その体に触れると、とても冷たかった。


「マッキー!」


 公太はマッキーの動かない体を抱え起こし、ぎゅうっと抱き締めた。


「マッキー……、また僕を助けてくれたのに。これで二回も命を助けてくれたのに! 僕は何にも、何にも……! ごめんマッキー! ごめんよ……!」


 うわあぁぁ……と大声を張り上げて、公太は泣いた。まるでかんしゃくを起こした小さな子供のように、いつまでも……。






 数日後。


 俊介と麻衣が様子を窺いに西宮家を訪ねてみれば、そこはもう誰もいず、売家の看板がかかっていた。


 俊介が隣の家の人間に聞いてみたところ、公太はマッキーの死骸をペットセメタリーに埋葬した後、自分一人の力で生きていきたいと言って、どこかに引っ越してしまったらしいとの事だった。


「西宮さん、大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫だろ。マッキーがいるんだから」


 ぼそりと言った麻衣の言葉に、俊介がさらっと流すように答えた。


「前代未聞だっつーの。成仏を拒否して、守護霊になりたいなんて希望する動物霊なんて。おかげで今月は超絶大赤字だ!」






 どこかの町。


 キャリーケースを手にした西宮公太が、前を見据えて力強く歩いている。


 そんな彼の後ろを守るように、もはや誰にもその姿を捉える事はできなくなった黒い毛並みのドーベルマンがしっかりとついていっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る