第98話

『……やれやれ。悪霊とは、ずいぶんひどい言われようじゃないか』


 マントの者は、壁に沿ってゆっくりと立ち上がる。二つの怪しい光が、今度は麻衣にしっかりと向けられた。


『こう見えても、私は「霊界最高裁判所」から派遣されてきた執行官だよ? 仕事をしに来て、何が悪い?』

「仕事って……。だって今、二人に何かしてたじゃない!」

『それが私の仕事さ。寿命の尽きた犬畜生と、この先だらだら生きていっても、どうせ将来、低級な地縛霊にしかならないようなムダな人間を連れていくだけ……。十年前にも、そう説明しただろう? まさか、忘れたのか?』


 麻衣の口から、「えっ……?」と短い声が息と共に漏れた。


 まただ、また十年前という単語。そして「忘れたのか?」という問いかけの言葉……。


 鳴海先生も、似たような事を私に言った。十年前にも会ってる。忘れてるのか?


 どういう事? ダメ、何も思い出せない……。


 呆然と立ち尽くす麻衣を見て、マントの者は、長くて深い息を吐き出す。


 そして、麻衣の横を滑るようにすうっと通り抜けながら言った。


『娘。お前に関しては、後日きちんと調べ直した上で、対処を決めよう。今はこの二つの命を連れていかなくてはならないからな……』


 はっと我に返り、麻衣が肩越しに振り返ってみれば、マントの者は再び骨だけの両手を突き出して、倒れている公太と、そんな彼に近付こうと這い続けるマッキーの生き霊を捕まえようとしていた。


「ダ、ダメッ!」


 マントの者の後を追いかける形で、麻衣も右腕を伸ばす。


 それと同時に、麻衣が今この場で、一番聞きたかった男の声が、窓の外から聞こえてきた。

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