第94話

すぐに限界を迎えた公太は、追い詰められた思考の中で家出を思い付いた。


 自分がこの家からいなくなれば、お父さんもお母さんもケンカどころではなくなる。きっとすぐに仲直りして、僕を捜しに来てくれるはずだ。


 そう考えた途端、すぐに行動に移した。


 リュックにお菓子やらパジャマやらを詰め込んで、一人でこっそり家を出ようとする。家の中では放し飼いになっていたマッキーがついてきたが、後で迎えにこようと考え、ひとまず無視を決め込んで。


 そのまま、家の敷地から出た瞬間に、あの事故が起きた。





 マッキーの怪我は、ひどいものだった。


 幸い、切断とまではいかなかったものの、右の前足には後遺症とひどい傷跡が一生残ると獣医に言われ、それを聞いた父親は忌々しそうに舌打ちをした。


「くそっ。マッキーをどこかに売っ払って、少しでも会社の当てにしたかったのに! どうしてくれるんだ公太、お前のせいだぞ!」

「全くだわ。これからあんた一人だけでも大変で面倒臭いのに、マッキーまで役立たずにするなんて……。少しは親孝行するって事を考えなさいよ!」


 両親の責め立てる声が、公太の心を追い詰め、がらがらと音を立てて崩れさせていく。


 その次の日から、公太は部屋から出てこなくなった。学校にも行かず、マッキーと遊ぶ事も一切なくなり。


 自分の仕事の再起に必死で、そんな息子をさらに面倒に思った両親は、何とか手放さずに済んだ家から各々出ていった。


 ギリギリで過ごせる毎月の生活費だけが冷たく振り込まれる。公太は食事を与える以外、マッキーとも距離を置いて、約十年を家の中のみで過ごしてきたのである。

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